喧嘩をとめるのはだれ?
「副長、二人をとめてください」
「ああああ?なにゆえおれが?」
新撰組を束ねるということは、そこに属するすべての人間の面倒をみなければならない、ということなのではなかろうか?
それは日頃の衣食住にかぎらず、トラブルやお困りごとにも対処しなければならないはずである。
さらには、ここに属する者どうしのトラブルだって、それに含まれるのではないかと思う。
というわけで、副長は、当然のことながら二人の喧嘩をとめなければならない。その義務があるはずである。
しかしながら、おれが副長に「とめてください」といってその責務を思いださせてあげたというのにもかかわらず、「なんでおれがやらなきゃならねぇんだ、馬鹿たれ」的に、返されてしまった。
ぶっちゃけ、『部下から促されるまえに、やるべきではないでしょうか?』って、イケメンに物申したい。
「『なにゆえおれが』って……。いまは、副長しかこの場をおさめられないからですよ」
そうきりだしてから、「富士山丸」でのエピソードを手短に語った。
「かっちゃんが?」
「はい。近藤局長がおっしゃっていました。以前、永倉先生や原田先生、沖田先生、斎藤先生、藤堂先生が取っ組み合いの喧嘩をしていたのをとめたもの、だと。ぽちとたまの喧嘩も、じつに手際よくとめていらっしゃいました。そういえば、「わたしと歳のときには、源さんがとめてくれた」ともおっしゃっていましたっけ」
その瞬間、副長の相貌がはっとしたような表情になった。斎藤の相貌も、同様の表情になっている。
どちらも、その双眸がどこかとおくをみているようになった。
きっと、その当時に戻ったような気になったのであろう。
しかし、「近藤局長」といってしまってからヒヤリとした。
せっかくほかへ気がそれた俊冬にその名をだしてしまったことで、またしてもうしろめたさを感じさせてしまうのではないのかと懸念したのである。
「わたしはまだまともであったが、新八さんや左之さん、それから総司に平助は、しょっちゅう局長にどやされていたものだ」
しばしの沈黙の後、斎藤がぽつりといった。
自分のことはしれっと『まとも』だといい、ここにはいない全員をあげつらったことは目をつぶるとして、副長はかれの言葉に触発されたらしい。
副長は、おれの話をきいている俊冬と俊春にちかづいた。両掌を伸ばすと、「ごしごし」と音がきこえてくるほど掌に力をこめ、それぞれの頭をなではじめた。
「いい子たちだ。兄弟喧嘩もたまにはいいが、せっかくの再会だ。照れくさいのもわかるが、素直によろこびあえ。それから俊冬、おれも素直じゃないようだ。それから、まわりくどいな。おれの側にいてくれ。おれの側にいて、おれをたすけてくれ」
副長は、頭をなでつづけながらいっきにいった。
そのイケメンが真っ赤になっているのは、きっと照れくささマックスだからにちがいない。
静けさがもどった。
厳密には、まったくの無音というわけではない。プレッシャーか、それとも恫喝か?って勘繰りたくなるほどの勢いで、俊冬と俊春の頭をなでつづけている「ごしごし」という音だけが響き渡っている。
全員が、固唾をのんでみまもっている。
俊冬がどう応じるのであろうか、と。
時間にすれば、ほんの数秒であろう。不意に俊冬がファイティングポーズをといた。
刹那、かれが副長のほうへ体ごと向き直ると、副長もかれらの頭から掌をひっこめた。
「ありがたきお言葉。わが罪は消えることはなく、決して許されるものではございませぬ。なれど、わたしは新撰組にいたい。あなたや主計の側に存在したい……」
はい?
いまの、なんかおかしくなかったか?
おおっと、気にするな。ツッコミはなし。あら探しもなし。
せっかくいいシーンが展開されているんだから。
「おいていただきとうございます。非力非才ながら、あなたのために尽くします」
かれは、そういってから深々と頭をさげた。
「頼むのはこっちだ。それと、礼をいう。それから、あらためて「おかえり」をいわせてくれ」
副長は、また涙声になっている。片方の掌で俊冬の肩をつかむと、かれの頭をあげさせる。
よかった……。
心の底からほっとした。同時に、うれしくなった。
これでもう、思い残すことはない。
って、俊冬の影武者疑惑が残ってはいるが、それはおいおいどうにかすればいい。
ひとまずは、一件落着だ。
たぶん、だけど。
副長とのやりとりがおわってやっと、あらためておれたちがかれに挨拶する番である。
「おかえり」
まずは斎藤が拳を突きだした。
「ただいまもどりました」
俊冬も拳を突きだし、フィスト・バンプする。
「おそいぞ、たま。おぬしがいなければ、だれかさんの暴走がとまらぬからな」
「蟻通先生、恐れ入ります」
蟻通は、掌をさしだした。
二人は、握手で再会をよろこびあう。




