天変地異的副長の弱音
「わかった」
いろんなことがうれしいらしい。副長はしばらく沈黙していたが、ようやく一言だけそう答えた。もちろん、涙を流しながらである。
しゃべりの副長も、このときばかりは言葉が思い浮かばないほど気持ちがたかぶっているのか、あるいは言葉は浮かんでも口からだすことができないのかのどちらかにちがいない。
「沖田先生は近藤局長と副長のことを、だれよりも案じていらっしゃいます。申し訳ございませぬ。言伝を、と申されましたが、それ以上その場にいたたまれず……。近藤局長のことは、原田先生が時期をみて沖田先生がたに告げてくださるとおっしゃってくださり……。逃げるように丹波を去りました」
俊冬……。
自分一人で背負っているがゆえに、沖田と相貌をあわせることすらつらかったのだ。
「俊冬、よくやってくれた。謝罪は必要ない。相貌をあげてくれ。否、あげろ。としふ……、たま」
副長が『相貌をあげてくれ』と頼んだところで、どうせ俊冬はそれに従うわけはない。
俊冬と俊春は、ある意味依怙地である。きっちりと礼をとるときは、かたくなにその姿勢をくずさぬのである。副長は、それをよくわかっている。ゆえに、頼みから命令にかえたにちがいない。
ついでに、呼び名も以前のように「たま」にかえたところがグッジョブだ。
「副長、わたしにその資格はございま……」
「いいかげんにしやがれっ!」
副長の怒鳴り声、というよりかはヒステリックなキーキー声に、鳥たちが驚いたらしい。バタバタという羽音ともに、あちこちの枝葉の間から鳥たちが飛び立っていった。
しかも、いまの副長のキーキー声を求愛と勘違いしたのであろうか。猪か鹿か猿かなにかわからぬ動物が、どこか遠くのほうで騒いでいる声がする。
いまのデシベル数であったら、ぜったいに向こうのほうにいる敵軍にもきこえたはずだ。
「おれを一人にしてくれるな。かっちゃんや源さんが逝き、総司と新八、左之と平助はとおくにいる。いまや、昔からの仲間といえば斎藤だけだ。島田や勘吾も助けてはくれる。だがな、おれには助けてくれる者が一人でもおおく必要なんだ」
驚くべきことに、これまで泣き言っぽい言葉をいったことのない副長が、そんなことをいきなり口走りはじめたのである。
こ、これは……。
思わず、天をみあげてしまった。
隕石が落ちてくるとか、太平洋沖にあるプレートが動きまくるとか、八百六年に噴火してからまともに噴火していない磐梯山が噴火するとか、未曽有のなにかが起るかもしれないと思ったのである。
ちなみに、磐梯山の噴火であるが、厳密には1780年代に水蒸気噴火らしきものがあったかもしれないらしい。それ以降となると、1888年に五百名ちかい死者をだす水蒸気噴火がおこることになっている。
それは、幕末から二十年ほど後に起こるかもしれない出来事である。
って、また副長ににらまれるかと覚悟したが、副長はおれをよむヨユーなどまったくないらしい。
いまだ相貌を伏せたままでいる俊冬のまえで、かれをにらみおろしている。
泣きながらマウンティングして、なにが面白いんだろう。
「あのとき新八に殴らせたが、おれ自身がやればよかったんだ。それをいま、心から後悔しているよ」
副長は、まったくちがうことを語りだした。しかも、声のトーンがまったくかわり、気味が悪いほどやさしくなっている。
副長や永倉たちは、板橋で近藤局長の斬首をおこなってから去ろうとする俊冬に会ったらしい。実際のところは、そのまま去ろうとする俊冬を、副長たちが強くひきとめたにちがいない。そして、副長たちは俊冬を連れ、俊冬と俊春があらかじめ手配しておいた荒れ果てた寺にいった。
副長は、そこで永倉に俊冬を殴らせたのである。
すこしでも俊冬自身の心の負担を軽くするために。
ちなみに、そのあとにおれたちが合流したが、そのときも永倉は俊春をボコした。
が、俊冬の心の負担は、そんなことでは軽くすらなっていないのだ。
俊春がそうであるように。
「たま、勘違いするな。独りよがりはよせ。おれが、否、おれたちが怒っているのは、おまえたちが自身を責めていることだ。おれたちを信じてくれていないっていうことだ。おれたちを見捨てようとしているっていうことだ」
俊冬の体が、そうとわかるほどびくっと震えた。
「そうですよ、たま」
勝手に口から言葉がでていた。
おとなしくて控えめなこのおれが、どうしても我慢できなかったのである。
「副長もおれも、それだけじゃありません。斎藤先生だって島田先生だって、蟻通先生だって、それから、ここにはいらっしゃらない永倉先生や原田先生だってそうです。怒っているだけじゃなく、悲しいんです。自分自身のことが情けないんです。たま、あなたとぽちを傷つけてしまった上に、それを癒すことができないどころか、よりそうことすらできないんですから」
ずっと伝えたかったことである。会えばいってやろうと、ことあるごとにシミュレーションしていたのが功を奏したらしい。
泣きながらでも、言葉がぽんぽんと口からでてゆく。




