「おかえり」
「いいかげんにしやがれっ!くそっ、ぽちでも兼定でもどっちでもいい。こいつのアレを喰いちぎってくれ」
副長がさらにキレた。
ここまできたら、「毒も喰らわば皿まで」ってやつか。
副長がどこまでキレるか、試してみたくなってしまう。
もっとも、俊春か相棒にアレを喰いちぎられなければ、の話であるが。
ってか、相棒は兎も角、俊春にまで喰いちぎれって……。
とはいえ、生真面目な俊春である。副長の命令にしたがい、喰いちぎるなんてことも充分かんがえられる。
案の定、即座に立ち上がった。俊春と相棒が、である。それから、こちらへゆっくりちかづいてくる。
「主計、ボケるのはそこまでにしてくれぬか?おぬし、せっかくの場面をだいなしにしているのだぞ。これでもう、あとで地獄をみることが確定したな」
「はいいい?」
またしても、またしても俊春は想像の斜め上をいく、っていうかミステリーチックすぎることをいってきた。いまの忠告っぽいものは、いつにもましてちんぷんかんぷんである。
「たったの一歩だ。左右どちらかに一歩ずれるのに、どこまでひっぱるつもりだ?」
「え?おっしゃる意味がよくわかりません」
俊春は、カッコかわいい相貌を左右に振りつつため息をついた。
「だからどけっ!」
しびれをきらしたのか、ついに副長が暴挙にでた。暴力に訴えたのである。
副長は右掌でおれの左半面をむんずとつかむと、力いっぱい横におしてきた。
ってそこ、なにゆえ相貌をつかむ?フツー、肩か腕じゃね?
不意打ちってわけではなかったが、副長の火事場の馬鹿力的な膂力に、思わず右横へよろめいてしまった。
そのよろめきの最中、それに気がついた。
おれのすぐうしろにだれかがいたのである。
厳密には、おれのうしろで地に片膝をついて控えていたのである。
よろめいたおれを受け止めてくれたのは、俊春である。かれは、おれが体勢を整えるまでに、さきほどとおなじように地に片膝をつき、控えている。
相棒もまた、その横にお座りしている。
まっ、まさか……。
その頭は、以前と同様髷を落としたようで、総髪になっている。
自分がみたものを認識する時間ももどかしいのか、瞳に涙があふれてきた。って、思う間もなく、大量の涙が頬を伝いはじめている。
さきほど、副長につかまれた右半面に手形がついていたとしても、どうでもいい。どうせ、泣きはらしたみっともないイケメンに、いやいや、みっともすぎる不細工な相貌になるのだから。
「俊冬」
おれをおしのけた副長は、地に片膝ついてひかえている俊冬のまえに立ち、みおろしている。呼びかけたその声は、震えているというよりかはすでに涙声になっている。
「おかえり」
つづけられた副長の言葉。
心の底からの言葉である。それが、はっきりと感じられた。
正直なところ、これほど心のこもった「おかえり」はいままでにきいたことがない。
おれのうしろで、島田が号泣している。「ずずずずずっ」と鼻をすすり上げつつ、わんわん泣いている。蟻通も、声を殺したいのに殺しきれておらず、ときおり嗚咽をもらしつつ泣いているようだ。
いつの間にか、うしろにいたはずの斎藤が肩を並べていた。どんなときでも、たいていはさわやかな笑みをみせるかれも、いまは流れ落ちまくっている涙を隠そうとせず、流れ落ちるに任せている、その視線は、相貌を伏せている俊冬に釘づけになっている。
片膝つく彼の横には、何丁もの銃が横たわっている。
つい先程、遠くの木上から驚異的な射撃で使われたのだ。
「相貌をみせてくれ。いつもいっているだろうが。おれに控える必要などないんだ。仲間なんだからな」
副長は、笑いながらいいたかったんだろう。ジョークっぽくいい、この湿っぽい空気を循環させたかったんだろう。
その努力の甲斐は、まったくないといっていい。
全力で失敗している。
これだったらもう、ひらきなおって泣き叫びながら抱きついた方がよくないか?でっ、おれたちもその周囲にあつまり、泣きまくるのである。
そんな創作上のベタな再会シーンは、リアルな世界の第三者からすればイタすぎるのをとおりこすだろう。
「その……」
しばし、おれたちの泣き声や鼻をすする音だけが木々の間を流れていたが、やっと俊冬が相貌を伏せたままかぎりなくちいさな声でいった。
そのみじかすぎるフレーズだけでも、かれもまた泣いてていることがわかる。
「ご報告、したき儀がございますゆえ……、恥を忍び……、まかりこしました」
泣いているがために、おしゃべり上手であるはずのかれの言葉を幾度も途切れさせてしまう。
それにしても、俊冬もまた素直に「会いたかったーっ!」っていわずに、「報告を」ってもちだしてくるところは、「さすが俊冬。あっぱれじゃ!」としかいいようがない。
もしかして、弟にたいして強がっているんだろうか。『クールで強い兄』像を貫きとおしたいのだろうか。
だとすれば、兄貴ってマジで大変なんだなってあらためて感じてしまう。




