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務まらぬ代役

「ヒュン、ヒュン」

 空気を斬り裂く音・・・。


 刃挽きした得物を掌にし、ウオーミングアップする。つまり、素振りである。


 その様子を、壁際で副長と井上、原田がみつめている。


「局長みずからが、試合に?こういうこたぁ、ふつう、副長の役目じゃねぇのかい、土方さん?」


 原田の声が、深更、しずまりかえった屯所の道場内に響き渡る。


 おれは、いや、おれだけではない。素振りをくれながら、おれ以外の三人も耳をダンボにしたはずである。


 副長が、なんと応じるのか?


 副長は、道場の壁に背をあずけた姿勢のまま口の片方の端を上げ、ふっと笑う。


「会津候のまえでいきなり脛斬りを披露しても、あるいは、隠しもっている砂つぶてを相手の相貌かおにぶつけてもいいってんなら、いくらでもやってやるさ」


 戦国時代の高名な軍師が、奇想天外な戦術を披露しているかのような、威厳と自信に満ちている。


 素振りをくれる掌は、胸元で止まっている。いや、おれだけではない。ほかの三人もまた、それぞれ中途で掌が止まっている。


「歳さん、かような卑劣な業、天然理心流にはないぞ」

 井上が、すかさず突っ込む。


 いや、そこじゃない。心中で、井上にたいしてそう突っ込む。


 いや、これもまた、おれだけではない。

 ほかの三人もまた、それぞれ心中で突っ込んだに違いない。


「あぁわかってる、源さん。だが、おれは目録だ」

 さらなる副長の言。


「目録?皆伝だろうが切り紙だろうが、ないものはないぞ、歳さん」


 叫ぶ井上の声音が、完全に裏返っている。


 もはや、突っ込みどころが満載すぎて、どう突っ込んでいいのかわからない。


「源さん、いいのだ」


 とそこへ、ついに局長のご登場。

 そうだ、このわけのわからぬ試衛館ワールドを、第四代宗家みずからおさめてもらわねば・・・。


「とうてい、歳には理心流の代表はつとまらぬよ・・・」


 期待したのが馬鹿だった。


 試衛館ワールドの出所は、そもそも宗家からだったのか・・・。


 永倉も斎藤も苦笑している。それ以外にはないであろう。


 だが、そのあとにつづいた局長の言葉は、はっとさせたと同時に、悲しくもさせた。


「総司のかわりはつとまらぬ。これは、歳だけではない。わたしにだってつとまらぬ。天然理心流皆伝の沖田総司のかわりはな・・・」

 

「ヒュン、ヒュン」


 ふたたび空気が斬り裂かれる音は、さきほどのそれとは違い、寂しげにきこえた。

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