大鳥さんに気に入られてポイントを稼ごう
「大鳥先生。正直なところ、試したことはありませぬ。ゆえに、一度にどれだけの人間を殺れるか、わたし自身わからぬのです。ですが、何千人もの人間を殺れば、ずっとさきの世にまで極悪非道な犬として語り継がれましょう。それはさすがに勘弁してもらいたいものです」
俊春は、こちらにさっと視線をはしらせてから大鳥に告げた。
たしかにそのとおりである。おおくの人間を殺めれば、時代を問わず残虐な行為、すなわち非道をおこなったとして、責められつづけることになる。
たとえそれが戦争中のことであったとしても……。
それにしても、フツーならこんなことは語れるわけがない内容である。大言壮語にしたって、スケールがおおきすぎる。
七千人もの人間の生殺与奪について語るなど、「終末」とまではいかずとも神や仏の試練や罰レベルに値するかもしれない。
「いいよいいよ、俊春君」
大鳥は、瞳をきらきら輝かせている。体ごと俊春に向き直り、いますぐにでも駆け寄って頬ずりしそうな勢いである。
「ふだんはおとなしいのに、いざというときにはめっぽう強い。ますます気に入ったよ」
どうやら、俊春はポイントを一つ稼いだようだ。
「ぽち、もっとがんばれ。がんばってがんばって、さらに大鳥さんに気に入ってもらえ」
なんと、それまで無言であった副長が俊春を激励した。
ライバルが一歩リードしたことにたいして、気を悪くするどころか祝福し、さらに激励している。
これもまた、フツーならできないはずの行為であろう。
さすがは副長。度量がぱねぇ。
って、そんなわけはない。大鳥の愛の対象が、自分より俊春オンリーになることを望んでの激励にちがいない。
さすがは副長。あいかわらずこすい。
って、またにらまれてしまった。
「兼定、案ずるな」
俊春は副長のセコイ激励にもめげず、鷹揚にうなずいた。それから、相棒にもうなずいてみせる。
「二人を頼む」
相棒の耳にささやいてから、同時におれたちのうしろへと視線を向けた。
えっ、なに?二人ってだれとだれのこと?
あぁ、副長と大鳥ってことか。
「主計、頼みがある。「村正」をあずかってほしい」
俊春はちかづいてきながら腰から「村正」を鞘ごと抜き、こちらに差しだした。
「え、ええ、もちろん」
もちろん、異存があるわけもない。おれが「村正を受け取ると、かれはこちらをよんだらしい。
「此度は、これで充分」
かれはおれの掌に自分の愛刀を握らせると、軍服の懐からなにかをとりだした。
二本のくないである。
「さて、と……。ぽちは気の毒だ。生命がいくつあっても足りそうにない」
かれはみえぬ方の瞼をとじ、ウインクしてきた。
かれにしては、めずらしくお茶目な所作である。
ってか、ウインクって……。
思わず苦笑してしまった。
はっとすると、かれは副長と大鳥に一礼し、おれたちに背を向けあるきだしていた。
敵に向かって。
両方の掌に、くないが握られている。
そのちいさな背は、いつにも増してでっかく力強く感じられる。
「さっさと配置につけ!」
「承知」
「はいっ!」
副長の号令で、新撰組と伝習隊がいっせいに配置についた。
大砲、銃隊が整然と並び、砂塵を巻き上げあらわれた敵にぴったりと照準をあわせる。
副長と大鳥が馬上に戻り、おれも相棒の頭をなでてから乗馬した。
相棒は、「豊玉」と「宗匠」の間で、四肢を踏ん張り敵をにらみつけている。
それをみながら、ついさきほどの俊春の愚痴っぽい言葉を思いだした。
『さて、と……。ぽちは気の毒だ。生命がいくつあっても足りそうにない』
まるで単身敵に向かっていくのが、だれかに命じられてのことのようだ。
まさか、副長が?いやいや、副長がそんなことを命じるわけがない。
敵に単身むかうなどという危険きわまりないことを、もとい、敵味方七千八百ちかい大群衆の注目をあつめるなどというおいしすぎることを、副長が俊春にさせることはけっしてない。そう断言できる。
そんな注目度満点の行為は、自分がやるにきまっている。
って、副長にまたにらまれた。
が、「豊玉」の頸筋を軽くたたくイケメンには、不安の色がくっきりと浮かんでいる。
「きけいっ!わが名は「狂い犬」。この軍勢を束ねる参謀の伊地知殿、板垣殿、よくきくのだ」
その俊春の大音声で、あたりがしんと静まりかえった。
上空をすいっと横切る小鳥でさえ、囀ることはない。
「いま一度申す。わが名は「狂い犬」。伊地知殿、板垣殿、きいておるか?」
すさまじい声量である。いったい、どっから声だしてんねん?って問いたくなるほどの大声である。
両軍の間の距離は、おおよそ三、四百メートルか。
こちらのしょぼい大砲でもまともに飛べば、あちらを吹き飛ばすことは可能である。ましてや、あちらの大砲はグレードが高い。二十数門が同時に火をふけば、こちらは壊滅するにちがいない。
それほど、両軍の距離はせばまっている。




