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俊春が威嚇します

 大鳥もやってきた。


 副長は、大鳥と肩をならべて俊春の話をきいていた。それからしばらくすると、副長は手招きをしておれたちを呼びよせた。


 って、おれも呼ばれているってことでいいんだよな?


 しれっと呼びよせられてみた。


 集まったのは、伝習隊の小隊長と新撰組の幹部である。って、ここでも自分を幹部にくわえているところがどあつかましすぎる。

 

 そういうツッコミはどうでもいい。会津藩サイドは、遊撃隊も含めて大鳥の「撤退」のめいがでるよりもはやく、とっとと戦線を離脱してしまった。


 史実どおりではある。承知していたことではある。


 先日の副長の熱い言葉は、むなしい結果となってしまった。わかってはいても、「おいおい、もうちょっとがんばろうよ」って会津藩サイドにツッコみたくなってしまった。


 じつは、副長がいった『めいにしたがえ』というのは、敵に突撃せよというものではなく、『離脱せよ』という命令であった。


 かれらがそれを不服とし、従わずに玉砕してしまわぬように念のための保険だったわけである。


 まぁ史実どおりに動いてくれたからこそ、たいした被害もでていないと思われる。

 そこはよしとすべきかもしれない。


「会津や二本松、仙台の連中が逃げている間、おれたちが敵を喰いとめる」


 副長は、おれたち一人一人の相貌かおをみまわしながら告げた。おれたちも副長の視線をしっかり受け止めてからうなずき、いま告げられたことを了承する。


「伝習隊、それから新撰組うちの大砲を並べ、砲手はすぐに発射できるようにしてくれ。それから、銃もだ。すべての射手が二列に並び、前列は片膝立ち、後列は立って、それぞれ構えてすぐに発射できるようにしてくれ」


 え?まさか、マジで迎え撃つと?敵の大砲は、こちらの大砲それとは比較にならぬほど精度が高い。敵は、目をとじていたってこちらをふっ飛ばせるだろう。


「副長。まさか、ぽちが?」


 斎藤のつぶやきによる問いは、まるでおれの推察にダメだししているかのようである。

 そのかれの視線は、副長と大鳥のうしろでひっそりたたずむ俊春に向けられている。


「ああ。ぽちがやってくれる」


 副長の表情かおと声は、不安気というか心配気というかそういった類の感情ものがまじりあい、にじみでている。


 一分一秒でもはやく逃げなければならないなか、殿しんがりをつとめるとはいえ、わざわざ砲撃や射撃体勢を整えて迎え撃つのである。なにか保険や切り札がなければ、とてもではないが敵の大軍のまえに立てるわけがない。


 その保険、っていうか切り札が、俊春というわけなのか……。


 さすがは斎藤である。すぐにそのことに気がついたわけだ。


 斎藤のことを感心しつつ、京でのことを思いだしてしまった。


 俊春は、新撰組おれたち全員を逃すため、俊冬の援護のもと単身敵に突っ込み、全滅させたのである。それこそ、創作の世界にでてきそうなヒーローのごとく、敵軍をものの見事に討ち果たしたのだ。


 副長にめいじられ、相棒とともに単身敵のただなかに残ってくれた俊春をむかえにいった。

 そのときにみた光景は、まるで地獄絵図であった。その凄惨きわまりない光景ものは、いまだに夢にでてくる。それほど強烈に、脳と心に刻み込まれている。


 いや、おれのことなどどうでもいい。


 問題は、俊春自身の精神こころである。


 かれは自分自身がおこなった鬼神のごときふるまいに、精神こころを痛めていた。いや、そんななまやさしいものではない。完全に破壊されたといっても過言ではない。


 血にまみれた大地と敵の屍にもショックをうけたが、それ以上に血にまみれたかれとかれの精神こころを目の当たりにし、おれはショックをうけすぎてどうしていいのかわからなかった。


 またあのときのように、かれは自分自身の精神こころを破壊するつもりなのだろうか。


 ゾッとしてしまう。背筋を、つめたいものが伝い落ちてゆく。


 もう二度と、あのときの傷ついたかれをみたくはない。


 相棒が、かれの左脚に頭部をすりつけている。相棒のその頭を、かれの三本しかない掌がなでつづけている。


「ぽち……」


 斎藤も、あのときのことを思いだしているのだ。切羽詰まったような表情かおを俊春に向け、なにかいいたそうにしている。


 島田や蟻通も同様である。


「京でのように、敵を殲滅するわけではございません」


 かれはおれたちの心をよんだのか、あるいはおれのよみやすい表情かおをみたのであろう。うつむいていたが相貌かおをあげ、静かにいった。


「心やさしく他人ひとの心や体躯の痛みをしるわんこの気持ちなどかえりみることなく、平気で穢れ仕事ばかりさせるにゃんこがこの場におれば……」


 かれは、そこでいったん悲し気に微笑んだ。


「『七千人皆殺しにせよ』と、『おまえ、頭おかしいだろう?神か?仏か?なに様目線でいってやがる』と、心のなかで泣き叫びたくなるようなことを平気で命じるでしょう」


 かれがまた、なんかいいだした。


「その傲慢きわまりないにゃんこは、発情して雌猫を追いまわしておるようで、なかなかもどっては参りませぬ」


 かれにはまだ、俊冬にゃんこにたいしていいたいことがあるらしい。


 斎藤や安富や尾関や尾形、それから大鳥は、目を点にしたうえに口をぽかんとあけて俊春をみている。


「というわけで、此度は威嚇するだけでございます」


 そして、かれは気持ちがいいほどにピシャリとシメた。


「俊春君。きみは、七千人全員を皆殺しにできるんだね。すごいじゃないか」


 副長もおれたちも、いろんな意味で危険案件ともいえる俊春の言葉に反応しないよう沈黙を貫いている。それなのに、大鳥だけは「アメコミ」のヒーローが発言したかのようにリアクションをおこした。

 かれは、まるでそれを信じきっている少年のようにを輝かせている。

 しかも、なにゆえか大興奮している。


 そんなわけないやろっ!


 フツーならツッコむところである。ってか、それ以前に「そこかい?」ってツッコまなければならない。


 大鳥の視点は、あまりにもずれまくっている。


 とはいえ一方では、なんとなく「これが大鳥だ」と納得できるところもあるかもしれない。


 そこは兎も角、七千人を皆殺し。あるいは駆逐する……。


 俊春ならできるかもしれない。精神こころの問題を抜きにすれば、かれならやれるだろう。

 かれには、これまでに数々の偉業をさんざんみせつけられている。そう思わせ、信じさせるほどのスキルがあることをしっている。


 だからこそ、大鳥にツッコめなかったのである。 

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