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兼定とぽちがそわそわしている理由

 安富の熱心でしつこく、厳しくて容赦のない指導ぶりは、「副長のことを絶賛ゾッコン中」の大鳥をも辟易とさせたようである。


 大鳥が新撰組に、もとい副長にちかづいてくる回数がしだいに減り、ついにはまったくちかづいてこなくなった。


 もっとも、それは馬にのっているときのみ有効である。馬からおりてしまえば、効果はまったくなくなってしまう。


 安富は、副長にとって「馬関係ではウザすぎるやつ」であると同時に、「大鳥除け」のお守りという存在になったのである。


 おれは、たったいまも安富に散々に叱られ、注意され、ディスられまくった。


 最初のうちはへこんでしまったが、だんだん慣れてきているようだ。っていうか、要領を得てきている。かれがおれをロックオンしたときのみ、ちゃんとしたスタイルで乗馬することで、かれを回避する術をあみだしつつある。


 もっとも、おれの乗馬技術もまた底辺であるらしい。かれは、まるで歯科医師のごとくつぎからつぎへと悪い箇所を探しだしてきてはなおしたがる。


 この攻防は、おれが『JR〇』の騎手になり、G1を制覇しまくるというすっげー偉業を達成しようとつづけられるにちがいない。


 ってか、かれだったらきっと「馬を娯楽のためにはしらせる?大勢の人間ひとのまえで?冗談ではない。かわいそうすぎる。ならば、騎手がわが脚で駆ければいい」っていって競馬に反対するのだろう。


 それは兎も角、安富がつぎのターゲットを副長に定め、そちらに向かったのをみ、ホッと一息ついてしまった。


 すると、俊春がこちらにやってきた。その脚許に、かれの「お父さん犬」がいるのはいうまでもない。


「ぽち」


 呼んでもかれにはきこえない。だから、掌をひらひら振り、かれの注意をひいた。


 かれの脚許でスキップしている相棒が、馬上を見上げてきた。

 

 相棒は、裁判でこれから答弁にのぞむ加害者をみる被害者家族のように、おれをにらみつけている。


 大丈夫。


 おれよ、落ち着け。なにもやましいことはないんだから。


 って、なにゆえか自分自身を勇気づけていると、相棒の視線がよそへ向いた。どこかよそよそしい。いや、ちがう。どこかソワソワしている。

 

 よくみてみると、俊春もどこかソワソワしている。


「ぽち。トイレ、もとい厠にいくタイミングも、相棒といっしょなんですね」


 ソワソワしているところまで、俊春と相棒はクリソツである。思わず、そう尋ねてしまった。


「なんだと?」


 はっとしたように、俊春の視線がこちらに向けられた。


「大ですか、小ですか?はやくいったほうがいいですよ。ふふっ!大でも小でもおもらししたら、みんなのまえで恥をかくことになります。そうなれば、「狂い犬」もかたなしですからね」


 幼稚園の年少さんのときである。たしか、桃組だったが、クラスの子がおもらしをしてしまった。その子とは小学校一年生でもおなじクラスになったのであるが、一年生のときにも授業中におもらしをした。極度の緊張によるものだったんだろう。


 それ以降、その子は中学、高校になっても「おもらし野郎」として、ことあるごとに笑われていた。さいわい、本人はめっちゃおもろくてポジティブ志向なので、それをネタにして逆に周囲を笑わせていた。


 下手をすればイジメに発展し、挙句に登校拒否やひきこもりになっていてもおかしくなかったのに。だが、その彼はそうはならなかった。ある意味立派だと感心した。


 兎に角、「狂い犬」がこれだけの人数のまえで粗相をすることにでもなれば、ぶっちゃけ見もの、もとい、心の傷として一生残るかもしれない。


 もっとも、「ぽち」っていう呼び名のほうなら、おもらししても笑い話でおわるかもしれないが。


「!?」


 そのとき、違和感があった。


 おおっ、すごい景色だ。みんなが、驚いた表情でおれに注目している。向こうにいる副長たちも、馬の脚をとめておれを見上げている。


 そこでやっと気がついた。なんと、おれが宙に浮いているではないか。


 だから、みんなが注目しているんだ。


 ってか、なんで空中浮遊してるんだ?おれってば、突然なにかのスキルに覚醒したのか?


「おぬし、わたしをなんだと心得ておるのだ。兼定、ぽちはまた主計にいじめられている。主計はぽちのことを、おもらし野郎だといっている。ぽちは悲しい。ぽちは情けない」


 下の方から、そんな嘆きがきこえてきた。


「ちょっ……。そんなこといってませんってば。まぁ、思いはしましたが。ってか、おろしてください。なにゆえ、こんな目立つことをするんです?」


 俊春にシャツの襟元をつかまれ、そのまま宙づりにされているのである。しかも馬上で、である。いつの間にか、俊春は馬上に飛び上がりおれを宙づりにしたのだ。

 かれは、鞍の上に器用に立っている。

 

 かれの背が低いとはいえ、ついでに「宗匠」の体高がサラブレッドほどではないとはいえ、そこそこの高さがある。


「斥候兵よ。わが軍の士官を殺るにはちょうどいい機会ぞ。的が動かぬようしっかりとつかんでいるゆえ、見事眉間をぶち抜き給え」


 つづけられたかれの大声による提案に、驚きすぎてちびりそうになった。


「斥候兵?ちょちょちょっ、すみませんってば。斥候兵に撃たせないでください。土下座でもなんでもして謝りますから、はやく、はやくおろしてください」


 ここでまた、ヘタレな主計を演じてしまった。いや、演じたのではなく素の主計じぶんをさらしてしまった。


 静まり返っている林に、副長の笑い声がきこえてきた。それがみる間に伝染し、あっという間に大爆笑の渦が巻き起こる。


 すると、「宗匠」の鞍の上にそっとおろされた。


 俊春は地上にもどり、おれをみている。


 ああ……。


 おれは、またしても捨て身で笑いを届けてしまった。


「失敬なことをかんがえるからだ」


 俊春は、まだプリプリしている。が、やはり、どこか上の空っぽい。かれも相棒も、ときおり視線をあらぬ方向へと向けている。


 また行軍が開始された。ゆえに、二人・・のそのおかしな態度にツッコむことができなかった。 

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