副長の訓示とお馬さんたちの名前
「伝習隊が精度のいい銃をもっているとはいえ、敵はその何十倍もの銃や大砲をもっている。兵の数もそうだが、われわれが不利なことはあきらかだ。というわけで、敗れて当然ってわけだ」
副長は、堂々と「敗れます」宣言をした。
伝習隊と新撰組は兎も角、会津や二本松や仙台各藩の兵卒たちがざわめきはじめた。
「やかましいっ!」
そのざわめきに、副長がキレた。
「最後までききやがれ。そう思っているのは、敵だ。その油断をつく。それでどこまでいけるかだ。ゆえに、いまここにいる全員、大鳥さんとおれに生命をあずけてもらう。戦場では、大鳥さんとおれのいかなる命にも従ってもらう。従わねば斬る。それがいやなら、いますぐここから去れ」
おれたちは、ちいさな村の田んぼに整列している。
この田んぼだけではない。周囲にあるほとんどの田んぼが放置されている。
会津藩の領内で、この村のように田植えができなかった村はいくつあるだろう。
こういう状態では、食料も物資もない。年貢がないのだから、藩自体の収入も激減してしまう。
かりに勝ったとしても、藩全体の生活がなりたたなくなってしまうだろう。
会津藩だけではない。敵だってそうである。農民がかりだされていれば、結果は会津とかわりがない。
つまり、どちらにとっても、っていうよりかは、戦そのものがあらゆるものを疲弊させるというわけである。
一方で、武器商人等利益を得る者がたしかにいる。
いつの世も、この法則は不変なのである。
さきほどの副長の剣幕に、兵卒たちはしんとしずまりかえった。
かれらは、土方歳三がいろんな意味で容赦のないことを噂できいてしっているであろう。
たったいま副長が宣言したこと、つまり『命に従わねば斬る』を、土方歳三なら確実に実行するということを、素直に信じたはずである。
さらには、副長がもともと武士ではなかったこともしっている。そんな副長にあそこまでいわれて、「やっていられるか」とか「馬鹿馬鹿しい」とか「パワハラじゃないか」とかいい、とっとと去ることはない。
武士としての意地やプライドが、それをゆるさないからである。
『まがいものの武士が調子にのるな。誠の武士がいかなるものかをみせてやる』
ってな感じであろうか。
実際、だれ一人として去らなかった。
「さすがは会津武士だな。ならば、大鳥さんとこのおれについてこい」
副長は、イケメンに不敵な笑みを浮かべた。
おれ様系の台詞を吐き捨てるところなど、さすがは副長である。
一応、大鳥の名もだしてはいる。が、ほんとうに『ただだしているだけ』である。
フツーなら、「この大鳥さんとおれについてこい」になるはずだ。それを、「大鳥さんとこのおれについてこい」ってきたもんだ。
もっとも、副長は憎まれ役をかってでているのである。近藤局長のときと同様に。
副長の真意は兎も角、ついに母成峠へと進軍を開始した。
いつもの行軍よりかは緊張感に包まれている。
どうやら、副長のムダにカッコつけた宣言が、いい意味でも悪い意味でも効果を発揮しているらしい。
「だめだだめだ、主計。おぬし、体躯が左に傾いておるぞ。それに、なんだその脚は。股をしめぬか。「宗匠」に負担がかかっておる。かわいそうだとは思わぬのか?まったく、鬼のようなやつだな」
今日もまた、朝一から安富のダメだしからのディスりを喰らっている。
副長の「的」に抜擢されて馬に乗るようになってからというもの、かれに四六時中乗り方をチェックされ、ダメだしされまくっているのである。
それにしても馬がかわいそうって、人間としての尊厳を踏みにじられまくっているおれは、かわいそうじゃないというのだろうか?
それはそうと、馬の名がきまった。
結局、副長の馬が「豊玉」で、おれの馬が「宗匠」に着地した。それから、荷車をひっぱる二頭のうちの一頭は牝馬であるのだが、「梅ちゃん」と名付けられた。そして、もう一頭の牡馬が「竹殿」にきまった。
もちろん、名付け親は安富である。
「豊玉」と「宗匠」については、初代にそっくりだから自然とその名になった。
つまり、「二代目」というわけである。
そして、二頭のうちの牝馬は、瞳がくりんとしてて、めっちゃかわいいのである。「「梅」にしようかと思う」と安富がいうと、隊士のだれかが「「梅ちゃん」、かわいいよな」といった。たしかに、「梅ちゃん」は「梅」というよりかは「梅ちゃん」がお似合いである。
もう一頭の「竹殿」は、きりりっとした瞳に、鼻面もムダにきりりととおっている。こちらも、安富が「「竹」にしようと思っている」というと、隊士のだれかが「「竹殿」は、威厳のある武将って感じだ」っていいだした。
たしかに、「竹殿」は「竹」というよりかは「竹殿」と呼びたくなる態度のでかさである。
というわけで、こちらも自然と「竹殿」と呼ばれるようになった。
馬たちの名の由来は兎も角、安富の厳しすぎてへこまされまくる指導は、おれだけにとどまらない。副長もしょっちゅう叱られまくっている。
それどころか、伝習隊から馬をよせてくる大鳥まで注意しまくるという、とんでもない熱血指導っぷりである。




