器用貧乏な大鳥さん
「えっ?どういう意味なのです?」
「主計が副長を好きなことはしっている。おぬしの申す好きというのは、愛のことだ。八郎やおねぇのことも愛しているのであろう?ゆえに、大鳥先生も同様というわけではないか」
「ちょっ……。斎藤先生、それはおおいなる誤解だと……」
ソッコー否定しようとしたが、あきらめた。
斎藤は、永倉や原田とちがっていろんな意味で真面目すぎる。たとえ誤解であろうと、あっいや、実際誤解なのであるが、兎に角「主計は、副長と伊庭とおねぇのことを愛している気のおおいゲス野郎」と、すでにすりこまれてしまっている。
それを否定した上で真実へと導くのは、思想を根本からかえるよりムリな気がする。
たとえば、おれが女性をいっぱい連れてきてハーレム状態なところをみせつけたとしても、かれはきっと「副長と伊庭とおねぇにくわえ、女子まで愛する鬼畜生」と、おれへの認識をさらに悪化させるだけにちがいない。
ぶっちゃけ、労力のムダである。
斎藤よ。七十一歳に結跏趺坐の姿勢で死ぬまで、「相馬主計という男は男好きの女好き」と、ぜひとも語り継いでくれ。
こうなれば、ひらきなおってやる。
「大丈夫かい、土方君。ぼくはね、きみのように熱くてまっすぐで、それなのにどこか護ってあげたいような繊細さをもっている美男子が大好きなんだ。まぁ、たしかに部下のなかには新撰組のことを怖がっている者もいる。しかし、それもきみという男をみれば、すぐにでも払拭されるよ。でもね、ぼくは俊春君みたいに控えめで頭がよくって、そのうえ驚くほど強くてかわいい男子も大好きだけどね」
面白がってみている隊士たちも、一様に凍りついてしまった。
大鳥さん。あんたいったい、どういうセンスをしているんだ?ちゃんとみているのか?
俊春にたいしての評価はうなずけるが、副長の評価は、どこかちがう世界の副長のものとしかいいようがない。
ってか、どんだけ好きなタイプがおおいんだ?
「はああああああ?」
咳がやっととまったらしい副長は、背筋を伸ばすと「おらおら」風に大鳥につっかかりはじめた。
その副長の背を撫でつづけていた俊春は、あいかわらずポーカーフェイスで両者をみている。
マジで草すぎる。
敗戦つづきのおれたちには、いい気分転換になる「おもろい」展開であろう。
「というわけで、土方君。あらためて、これからよろしくね」
「い、いや、勝手にきめられて……」
「おーい、みんなっ!今日はここで休むことにするよ」
うろたえまくっている副長も草すぎるが、マイペースすぎる大鳥はさらに草すぎる。
大鳥が向こうにいる伝習隊の兵士たちに叫ぶと、かれらは掌を振ってこたえた。
伝習隊の面々は、リラックスムード満載でそれぞれ思い思いに散っていく。
かれらは、隊長のこんな奇行にはなれているのであろうか。
しかも、てんでばらばら感が半端ない。
伝習隊は、フランスから幕府に派遣されたフランス軍の調練を受けた精鋭部隊のはずである。
それがこのレベルってか?
まぁ戦闘になれば、きっちりしているのかもしれないけど。
おそらく、だが。
「さて、土方君。さっそく軍議でもするかい?それとも「サロン・ド・テ」、かな?」
「はぁ?なんだって?」
さすがである。大鳥は、フランス語で攻めてきた。
「副長、お茶を飲むところのことをおっしゃっておいでです。つまり、お茶でもどうか、ということです」
ききなれぬ言葉に瞳をひん剥いている副長に、俊春が告げた。
さすがは俊春。世界をまたにかける男。フランス語もできるんだ。
「ぐ、軍議にきまっているだろうが」
「さすがは土方君。まじめだね。じゃあ、さっそく軍議をしよう。そのあと、「サロン・ド・テ」すればいいんだしね」
「一人で勝手にやってろ」
「いやいや、それはだめだよ。「サロン・ド・テ」は、やはりだれかといっしょでないといけない。茶にしろ酒にしろ、一人寂しくというのはよくないからね。いい話題、悪い話題、腹の立つ話題。どのような内容でも、兎に角飲みながらだれかと話しをする。そうすれば、心が晴れる。心が晴れると、体躯の調子がよくなる。そのあとから、すっきりした気分ですごせるというものだよ」
大鳥は、小ぶりの相貌に人懐っこい笑みを浮かべながら持論をぶっている。
副長の憮然とした表情といったらもう。
ゲラゲラと大笑いしたい。
それにしても、大鳥はかわっている。が、かれのいうことは理にかなっているし、ずいぶんと現代チックだと思ってしまった。
酒を飲みながら、あるいはコーヒーや紅茶や日本茶やソフトドリンクを飲みながら、気の合う者どうしでぐちったりくだらない話題に興じたりする。
そういうのは、最高のストレス解消になる。
その後、憮然としたままの副長を中心に軍議をおこなった。
軍議上、大鳥は俊春の物見の様子をきき、俊春メイドの地図をみ、副長や俊春と意見をぶつけあっていた。
かれは、いわゆる器用貧乏である。いろんな発明をしたり、いろんなことにチャレンジしたりしている。
この戦に生き残るかれは、いろんなことを経験しまくる。器用貧乏を遺憾なく発揮しつつ、終戦後の明治時代をすごすのである。




