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好きと愛について

 副長が気おくれするなんて……。

 振りまわされまくっているのもめずらしい。

 

 これはもう、おねぇ以来の快挙かもしれない。


 榎本もたいがいであるが、大鳥はその斜め上を爆走しまくっている。


 いやー、これはこれは。大鳥土方コンビのこれからが愉しみでならない。


「大鳥先生。お悔やみの言の葉、痛み入ります。新撰組われわれと会津遊撃隊の方々は、明日、大平口に出陣する予定でございます」


 俊春がみるにみかね、二人にちかづいて告げた。


 まずは副長にかわって近藤局長のお悔やみにたいする礼を述べてから、これからのことを説明する。


「ああ、なるほど。了解した。伝習隊われわれも同道させていただくよ。土方君、きみのお手並みをじっくり拝見させていただくとしよう」


 大鳥は、漫才師の「鳳〇助」とは似ても似つかぬ相貌かおに、人懐っこい笑みを浮かべた。


 似ているところがあるとすれば、二人とも小柄なところであろうか。


 その間、副長はずっとだまったままである。ほかの隊との折衝は、俊春に全面的に任せるつもりなのであろうか。


「なにゆえだ?」


 そのとき、副長がやっと口をひらいた。


「なにゆえ?土方君、なにゆえってどういう意味だい?」


 大鳥は、副長の謎めいた、ってかわけのわからぬ問いにきょとんとしている。


「大鳥さん。あんたは幕臣であろう?その幕臣のあんたが、なにゆえ新撰組おれたちみたいなはみだしもんと行動をともにしたがる?おれたちは、京で会津藩の庇護のもと大暴れしてきたが、あっちにいる会津藩の諸隊ですら、おれたちをただのごろつき程度にしか認識していない。それが、なにゆえあんたは新撰組おれたちにかかわろうとする?」


 副長は、苦々しげにいった。その副長の形のいい顎が、向こうのほうからこちらをみている会津遊撃隊を指し示した。


 さすがに、途中から声のトーンを落としていた。

 会津藩のくだりの部分が会津遊撃隊にきこえれば、それでなくともしっくりいっていない関係がさらに悪くなってしまうであろう。


「ええっ?」


 大鳥の小柄な体が、文字どおり飛び上がった。

 小ぶりの相貌かおには、心底びっくりしてますっていう表情が浮かんでいる。


「ぼくに関しては、土方君、きみのことが好きだからだよ」

「ごほっ!ぐはっ!」


 その衝撃的な告白に、副長がむせた。腰を二つに折り、咳き込んでいる。

 俊春が、すぐにその背をさすりはじめる。


 さすがは俊春である。「ぽち」という二つ名は兎も角、「狂い犬」という二つ名は伊達じゃないらしい。

 かれは、こんな爆弾発言を喰らってもなおポーカーフェイスを保っている。


 新撰組うちの隊士たちは、俊春のようにはいかない。どの相貌かおにも、まずは驚愕が浮かんだ。それから、ニコニコ顔の大鳥をみ、そのまま視線をいまだ咳き込んでいる副長へ向ける。


 刹那、ほとんどの表情かおがゆるんだ。

 つまり、ニヤニヤ笑いになったわけだ。


 脚許をみおろすと、相棒も尻尾を振り振りしながらじっとみつめている。

 しかも、その狼面は笑っている。相棒まで面白がっているんだ。


 みな、あきらかにめっちゃ面白がっている。


「なんと……。大鳥先生は、副長を愛しているのか?おねぇが副長のことを、心の底から愛していたように?」


 そんな絶望チックな声音のつぶやきが、耳に飛び込んできた。はっとしてそのトピ主を探してしまう。


 斎藤である。


 声音は絶望的というかせつないっていうか、追い詰められた感がぱねぇくらいに漂っていた。

 しかも、かれの表情かおはさらにヤバくなっている。


 副長と斎藤の仲はそんなんじゃないと、さんざん否定しまくっていた。それなのに、いまの斎藤の表情かおをみていると、そんなおれのかれらへの信頼がゆらぎはじめてしまう。


 もしかして、もしかするとなのか?


「斎藤先生、落ち着いてください。おねぇは兎も角、大鳥先生はそういう(・・・・)人であるとは伝えられていません。ですから、本来の意味での愛ではないんじゃないですか?ご本人も、『好き』とおっしゃったでしょう?そういうことなら、おれだって副長を好きです。きっとそういう(・・・・)のではなくって、こういう(・・・・)のなんですよ」


 そうはいってみたものの、大鳥の性癖についてはウィキ等web上でみかけなかっただけかもしれない。そもそも、伝えられていないって可能性もおおいにある。


 この時代、衆道はフツーの文化である。よほどスキャンダルを起こすか、パートナーをとっかえひっかえっていうような、それこそ百人斬りとか千人斬りとかしないかぎり、面白みのないフツーの出来事をわざわざ伝えるわけもない。


 ということは、じつは大鳥もそういう(・・・・)人って可能性が十二分にあるわけだ。


 ってか、そんなプライベートな話題はどうでもいいじゃないか。


「だとすれば、やはり大鳥先生はそういう(・・・・)人なのではないか」


 不意に斎藤がこちらを向いた。


 その双眸が潤んでいるようにみえる。


 それはきっと、いまのおれの立っている場所が陽射しをまともに受けているから、直射日光にがやられ、かれの双眸が潤んでいるようにみえているだけなのにちがいない。



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