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またまた『おおとりけいすけ』きたーっ!

「土方君っ!」


 あらわれたその隊をぼーっと眺めていると、木々の間に甲高い声が響き渡った。


「土方君、土方君、土方君っ!」


 その連呼は、まるで土方君が複数人いるみたいである。

『土方君』の連呼が木々の枝葉から飛びたし、真っ青な空にすいこまれていく。


 連呼しつづけているその声に、きき覚えがあるようなないような・・・・・・。


 俊春が、こちらへと向かってくる。

『土方君』と連呼しているのは、もちろん俊春ではない。


 副長も訝し気に俊春の方をみつめているし、おれも含めた新撰組の隊士たち、会津遊撃隊の隊士たちも俊春をみつめている。


「土方君っ、土方君っ、土方君土方君土方君っ!」


 まだつづいている。その連呼とともに、やってきた隊の列からだれかが飛びだしてきた。それから、こちらへと駆けてくる。俊春をふっ飛ばす勢いでその横を駆け抜けると、ますます速度を上げてあっという間にちかづいてきた。


 その小柄な男は、見間違えようもない。


 駆けてくるその姿は、まるでチワワである。チワワがキャンキャンいいながら、飼い主めがけて突っ走ってくるようにしかみえない。


 めっちゃかわいいじゃないか。


 チワワはかたまっている副長の懐を脅かす位置に入ったところでジャンプし、副長に抱きついた。


 っていうか、腕をひろげてまっている飼い主の胸に飛び込んだって表現した方がいいかもしれない。

 もっとも、それはチワワ側からみた観点で、表現したとおり副長が腕をひろげてまっていたわけではない。


「土方君、会いたかったよ。あぁ、神様仏様。土方君にふたたび巡り合わせてくれてありがとう。感謝いたします」


 チワワは副長の胸元で天をみあげ、神仏に礼をいいはじめた。


 って、そんなにうれしいのか?


 それよりも、副長の困惑と動揺っぷりが草すぎる。


 副長は、突然あらわれたみしらぬチワワに懐かれてしまったかのように、視線だけさまよわせ、体はフリーズしている。


「副長。伝習隊のみなさま方とゆきあいました。ぜひとも副長と合流、もとい新撰組と合流されたいとのことで、お連れいたしました」


 おくれてちかづいてきた俊春が、てみじかに報告をした。


「大鳥先生、お元気そうでなによりです」


 かなりの高確率で、副長はチワワの名を失念しているだろう。

 かれとは、江戸で一度会っただけである。しかもそれ以降、話題にさえのぼることがなかった。


 失念していても仕方がない。


 ゆえに、助け舟をだしてさしあげた(・・・・・)


 やっぱ、おれってばいい部下だよな。


 そんな自画自讃は兎も角、土方君大好きなチワワの正体は、伝習隊隊長の大鳥圭介おおとりけいすけである。


 かの名漫才師「鳳〇助」と漢字ちがいの同姓同名である。


 大鳥は、江戸で会った際に副長のことをたいそう気に入っていた。同様に副長LOVEの幕府海軍の軍艦頭榎本武揚(えのもとたけあき)と、副長をめぐって熾烈な略奪劇をくりひろげそうなほど、副長のことを大好きになったようだ。


 ちなみに、榎本、大鳥、副長の三人が、今後大活躍するのである。


「あ、ああ。大鳥さんか」


 副長は、やっとショックから立ち直ったらしい。同時に、思いだしたらしい。

 どうやら、胸元に抱きついている大鳥にハグをし返すかどうか迷っているようである。


 その副長の躊躇は、腰のあたりまであげられた腕によってしれた。


 結局、副長はハグをしなかった。腕が大鳥の肩あたりまであがってその肩に掌をのせると、そのまま引き剥がしにかかったのである。


 この場にいるどの隊の隊士も、その二人をただだまってみつめている。


 どの隊士の相貌かおにも、突然の大鳥の奇行に驚愕というよりかはひきまくっている感がありありと浮かんでいる。


「やぁやぁ、土方君っ!」


 大鳥は、自分の肩にのせられた副長の掌をとって強く握り、それをぶんぶんと音がなるほど上下に振りはじめた。

 かれの相貌かおは、めっちゃうれしそうだ。一方、副長の相貌かおは、苦虫をつぶしたようになっている。


 どうやら副長は、榎本や元新撰組参謀の伊東すなわち『おねぇ』同様、マウンティングが効かぬ相手は苦手らしい。


「ここで会えたがってやつだね。これからは、ともに行動しよう。いやー、土方君。誠に心強いかぎりだよ」


 副長の心のなかは兎も角、大鳥はテンションが超絶上がっているようだ。いっちゃってるっていってもいい。


 でっ、そんな感じで副長に提案した。いや、勝手に決めてしまったようだ。


 副長の眉間に、数えきれないほどの皺が濃く刻まれた。


 副長は、いまの大鳥の提案にどう応じるだろう。


 この場にいる全員が、副長の反応に興味津々である。


 って、おれが一番興味津々だったりして。


「そうだった。ぼくとしたことが、肝心なことを失念していた」


 大鳥は、そういいながら副長の両掌を解放した。それから、ピシッと姿勢を正す。


「土方君。近藤さんのこと、心よりお悔やみ申し上げる。近藤さんには一度しか会えなかったが、これまで会ったいかなる武士さむらいのなかでも一番の武士さむらいであった。ぜひとも一度、酒をくみかわしたかったよ」


 大鳥の表情があらたまっている。


 かれは、そういうとぺこりと頭をさげた。


「あ、ああ。ど、どうも」


 さしもの副長も、その大鳥の豹変ぶりに戸惑っているようである。





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