副長もちゃんと働いていますよ
『そんなことありませんよ。副長は、じつによくがんばっていらっしゃいます。頭だって、働かせまくっていて、これはもうストレスたまりまくりの過労死レベルです。いつ心不全やくも膜下出血で倒れてもおかしくないですし、ストレスによって精神に齟齬をきたしてしまってもおかしくありません。それをがんばってないだなんて、幹部のお言葉とは到底思えません。副長に謝罪すべきです』
ってな具合に、蟻通を糾弾するのである。
そうすれば、ここのところの副長のおれにたいするマイナス要素が払拭されるかもしれない。
でもなぁ……。
『どこをどうがんばっているのだ?何年何月何日何時何分に、どのようにどれだけがんばったというのだ?申してみよ』
小学生レベルの問われ方でツッコまれでもすれば、正直、答えられない。
だって、がんばっているところなどお目にかかったことがないからである。
ということは、もう一つの選択肢か?
笑いに徹する。これである。
『ほんまやほんま。がんばるがんばるいうて、いっつも口ばっかりや。動いたりかんがえたりする以前に、縦のものを横にすらせえへんし。いま、ぽちになんかあったら副長だけやのうて新撰組はおわりやな」
そんなジョークを披露するのである。
そんなジョークを……。
そんな暴言を吐こうものなら、捨て身どころか死地に両脚を突っ込むのも同然である。
だが、笑いの一つもとれるかもしれない。
でもなぁ……。
いまの内容だと、ぶっちゃけ真実をつきすぎていてジョークになっていない。ということは、おなじ笑いでも苦笑いをひきだすだけかもしれない。
だとすれば、生命の無駄遣いである。
そんなことをのたまったがゆえに、副長はおれを「明日〇ジョー」か「ロ〇キー」、あるいは「マイク・タ〇ソン」や「マニー・パ〇キャオ」なみに、ストレートからのジャブ、ついでにアッパーカットを喰らわせるにちがいない。
おれは、確実にノックアウトからの『ちーん』してしまう。
「蟻通先生、お気遣い痛み入ります」
おれの杞憂であった。蟻通と視線が合うまでに、謙遜の鬼である俊春が控えめにきりだしたからである。
「なれど、わたしは体力という点では犬以上に頑強です。そして、ここに関しては犬以下です。主計の表現するところの『脳筋馬鹿』というわけです」
俊春は、右の人差し指で自分のこめかみをコツコツしながらみじかく笑う。
かっこかわいい相貌をわずかに伏せ、一呼吸おいてからつづける。
「物見をし、みたこと感じたことをそのまま副長に伝えております。それをもとに、副長はあらゆることを決せられるのです。それに、副長はご自身でこまかいところまでご覧になり、動いてらっしゃいます」
たしかに、おれが悪口をいっているところにかならずあわられる。俊春のいうとおり、それも動いているうちにはいるんだろう。
「それら以上に、上に立つ方の精神的な負担は、われわれにはわからぬほどおおきなものでございます」
たしかに、おれをいじりいびり、いじめまくっていてでさえ、負担のかかりすぎている精神は軽くなりきっていないのかもしれない。
蟻通は、そんな俊春の副長フォローを呆れたような表情できいている。
「わかった。わかったよ、ぽち。すまなかった。いいすぎたようだ。わたしが土方さんに嫌味をぶつけるたびにおぬしに精神的苦痛をしい、気を遣わせているということがよーく理解できた。ゆえに、もういわぬ。すくなくとも、おぬしのまえでは控えるようにする」
蟻通の返しに、またしてもおれをふくめたみながふいた。
俊春と蟻通以外の者が。副長までふいている。
「この話はここまでだ。土方さんのことで、ときをムダにしたくないからな」
「たしかに。それならば、明日会える馬たちのことをきいてもらいたい」
そして、蟻通と安富のシメの一言に、さらにふいてしまった。
そうなのである。明日の朝、出陣するまでに馬がくるのである。どうやら、あらたにいただいたらしい。
そのため、明日の朝一に安富と俊春とで若松城にむかえに行く予定である。
安富のテンションが上がりまくっているのは当然といえば当然かもしれない。
「話はかわりますが、たまはもどってくるのですよね?」
ひとしきり笑った後、斎藤が副長に尋ねた。
近藤局長の斬首の詳細を、斎藤や安富、尾形や尾関はきいたらしい。
告げたのは、俊春である。
兄の俊冬が近藤局長の頸を斬ったことを、隠さずごまかさず話したらしい。
かれにすれば、いろんな意味でいたたまれないのであろう。
いくら副長が告げなくてもいいっていったところで、生真面目なかれには土台無理な話なのかもしれない。
「ああ。もどってくる」
副長は、きっぱりと返答した。
おれの横で、俊春が居心地悪そうに身じろぎしている。




