義理人情より隊士の命が大事
腕のいい人斬りやスナイパーができないことでも、俊春なら完璧におまけをつけるほどうまくやってのける。
ただし、敵の大物をことごとく暗殺しまくってしまったら、歴史はおおきくかわってしまう。
伊地知にしろ板垣にしろ、子孫がっていうところは当然のことながら、二人とも明治期に活躍する人物である。
とくに板垣の活躍はすさまじい。例の「板垣死すとも自由は死せず」も、襲撃された際にいったとされているが、その襲撃では死なず、結局それから三十五年以上後に死んでいるから、もしかするとそのときではなくほかの演説のときかなにかにいったのかもしれない。真偽は兎も角、かれの明治期のさまざまな活動や活躍は嘘ではない。
それをなくすことは、さすがにまずくなかろうか。
歴史をかえてしまうということは別にしても、いずれにせよそんな卑怯な策は、会津侯にしろ副長にしろ望むわけがない。
だからこそ、被害を最小限にとどめたいというわけである。
「つまり、適当にやれということか?それとも、逃げまわれと?」
蟻通が尋ねた。
嫌味ではない。察しのいいかれは、副長の意図するところに気がついたようだ。
「勘吾、そうはいっちゃいない。必要以上に頑張るな、といっているんだ。敵の隊列に突っ込んでゆくとか、銃弾や大砲の玉が雨あられと振ってくるなか、ふんばってもちこたえるなってことだ。そんなムダなことはする必要はない」
蟻通もふくめ、全員が無言でうなずいた。
「退き際を誤るな。自身で無理だと判断したら、こっちの裁量をまたずに撤退しろ。おまえたちも戦場の経験があるからわかっているだろうが、戦場には混乱しかない。指揮系統など、あってないようなものだ。おれがいくら進めだの退けだの命をくだしても、それが届くときにはおそすぎる。下手をすれば、全滅しているだろう。新撰組は、ちゃんと戦の訓練を受けた隊じゃない。しょせん、戦については素人に毛がはえたようなものだ。しかも、まだまだ経験がすくない。いまは、おまえたちそれぞれの判断で手下を動かすんだ。もう一度申す。死ぬ必要はないし、怪我を負う必要もない。恰好をつけて、一人でもおおくの敵を殺る必要もない。無事に生きて戦場を離脱する。そのことだけをかんがえろ」
「承知」
いっせいに応じる。
いまの副長の命令は、とらえようによっては「おまえら、ヤル気あんのか?」とか、「玉砕覚悟で突っ込むべきだろう」とか、いわれても仕方のない内容である。
副長も、会津にすこしでも恩を返したい、その想いは強くある。
しかし、実際に会津にきてみたら、その想いを果たすにはおそすぎた。あらゆる状況が悪化し、手の施しようのないところまできている。
副長は、おおくの隊士たちの生命をあずかっている。義理や人情を貫くことより、一つでもおおくの生命を護ることを優先せねばならない。
さいわいにも、ここにいる面子はそんな副長の性格をよくわかっている。ゆえに、副長が隊士たちの生命を選択することもわかっている。
すべてを理解している。
だからこそ、だれ一人として疑問や反論、意見をさしはさむことなく、ソッコーで了承したのである。
かんがえてみれば、それってすごいことである。
さすがは土方歳三である。なんやかんやといいつつも、やはりかれこそが「キングオブ副長」なのである。
かれ以外に、それはかんがえられないっていいきれる。
って、副長がにやりと笑ってきた。
もしもーし、副長ーっ!もしかしていまの「にやり」は、おれをよんでのことですか?
副長、だとすればそれは「キングオブナルシスト」、もとい「自意識過剰野郎」ですよ。
って、今度はめっちゃにらまれた。
「土方さん、さきはまだながい。あんたこそ、あまりがんばりすぎるなよ。いまあんたに倒れられたら、新撰組はたちゆかぬからな」
「さようさよう。馬は頭がいいから、自身のことをちゃんと調整できる。が、副長はそうではない」
蟻通がマジな表情でいった。そのあとの安富の馬との比較は、あいかわらず草すぎる。
副長は安富の馬の話は兎も角、蟻通の忠告に驚いたようである。
「かようにみえているのか?おれが、がんばりすぎているようにみえていると?」
ソッコーでイケメンがドヤ顔へと豹変した。
蟻通は、比喩表現的にいっただけにちがいない。暴走、もとい全力疾走をつづけるのではなく、ときにはあるいたり止まったりすることも必要だと。
しかし、副長はそのまんま受け止めたみたいである。
つまり、倒れるほどがんばっていて、かわいそうとかすごいとか思われていると勘違いしているにちがいない。
「悪い、土方さん。いまのは、あんたに申すべきではなかったようだ。申すべき相手を誤ってしまった。ぽち、がんばりすぎているぞ。おまえになにかあれば、土方さんは様々な意味でおわりだ」
つづけられた蟻通の忠告に、おれだけでなく周囲もぷっとふいた。
もちろんふいたのは、副長と忠告された俊春以外である。
「勘吾、おまえなぁ」
「だってそうであろう?あんたとぽち、どちらがより動いたりかんがえたりしているのかと問われれば、全員がぽちだってこたえるにきまっている。なぁ、みなもそう思うであろう?」
蟻通は、そういってから一人一人に視線を向けた。
その視線を向けられた者は、どう返答すべきか困っているようだ。
近藤局長や副長に信頼され、認められている蟻通だからこそ、暴言を吐きまくれるのである。
うーん。どうリアクションすればいい?
ここはやはり、点数稼ぎに否定すべきか。




