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伊藤はなにげにすごいみたい

 って、なんだって?じゃあ、さっきの「ヒュッ」っていう音は、伊藤が居合抜きをした音だったというわけか。

 

 それにしても、この狭い廊下で居合抜きをしたというのか?


 刀は、ひろい空間で抜くより狭い空間で抜くほうがはるかにむずかしい。とくに居合抜きとなると、手首が柔軟でなければならない。


 さっきの居合抜きは、まったくみえなかった。


 伊藤って、なにげにすごいんだ。

 これだったら、斎藤といい勝負かもしれない。


 『伊藤先生、ごめんなさい』


 コミュ障とか京出身なのに無口すぎておかしいだろうとか、おもんないのはあかんわとか、その他もろもろ否定するようなことを思ってしまい、どうか許してください。


 伊藤先生、どうか異色関西人としてクールに居合抜きをし、敵をびびらせてください。


 そんな冗談は兎も角、意外なところに剣豪が潜んでいたなんて。


 ってか、伊藤よ。目測を誤って空気ではなくおれを斬ってしまったなんてことにでもなれば、いったいどうするつもりだったんだ?


 副長についてあゆむ伊藤の背に、そう問いかけてしまった。


 するとまた、かれのあゆみがとまった。

 それから、やはりさきほどとおなじようにくるりとこちらへ振り返る。


「案ずるな」


 そして、蚊の鳴くような声でたった一言告げてきた。


 またまえを向きなおし、あゆんでゆく。


『案ずるな』?


 なにを案ずるなって?


「きまっておろう。誤っておぬしを斬ったとしても、苦しまずにあの世へゆける。だから案ずるな、という意味だ」

「はああああ?なんでそんな怖ろしい解釈をするんです、ぽち?」

「またイジメか?ぽちはなにもしていないのに、なにゆえ主計にイジメられるのであろうか」

「ちょっ……。なにいってるんです?イジメてませんってば。しかも、なにゆえ第三者的目線で問うのです?」


 思わず、びくびくしながら廊下をみまわしてしまった。


 俊春を護るために、「お父さん犬(・・・・・)」が庭から屋内に侵入してくるかもしれない。


 それ以前に、おれってば、伊藤にまでよまれまくっているんだ……。


 ってか、さっきの伊藤の『案ずるな』の解釈が俊春のいうとおりだったら、おれってば伊藤にまでいじられまくっているんだ……。



 副長の部屋へゆくと、すでに部屋のなかに斎藤と島田、それともう二人、こちらに背を向けて座っている者がいる。


「またせたな、田部井たべい、それから「参謀とは漢字ちがい」の伊藤」


 副長は、詫びつつ上座に胡坐をかいた。


 元極道(やくざ)で、七番組の隊士であった田部井である。

 伊藤同様寡黙なクールガイである。

 

 そしてもう一人は、おれのソウル・フレンドの三番組の伊藤である。


 って、さっき会ったのに、かれも呼びだされていたんだ。


 伊藤は田部井の横に正座し、俊春とおれはその二人のうしろに正座した。


「さっそくだがな。三人には明日の出陣からはずれ、別の任務についてもらいたいんだ」


 副長は、とっとと用件をきりだした。


 寡黙コンビは、無言のままちいさくうなずいた。


「なんやて?」


 そして饒舌ソロは、頓狂な声をあげる。


「若松城にはいって、白虎隊に剣術と大砲の指南をしてやってほしいんだ。ぽちが手はずを整えている。白虎隊の隊士たちも、心待ちにしているそうだ」


 副長は、ソッコー命じた。


 なにゆえ副長がこのような命令をくだしたかというと、副長に伊藤の戦死のことを告げたからである。


「副長はん、いわせてもらってええか?参謀はんはとっくの昔に仏様になってはるんやし、そろそろ「参謀とは漢字ちがい」の伊藤っていう二つ名は勘弁してもらわれへんやろか。せやな、「差図役の伊藤はんとおんなじ漢字」の伊藤か、「大砲の伊藤はんとおんなじ漢字」の伊藤、どっちかでどうやろう?」


 いきなり、大坂の伊藤がいいだした。


 ってか、それはいま提案することか?まぁ参謀であったおねぇ、もとい伊東は、表向きは暗殺されたことになっている。死人の名と漢字ちがいといわれるのも、たしかに気持ちのいいものではない、か。


「それやったら、いっそ「浪花の伊藤」と「京の伊藤」でええんちゃいますやろか」


 大坂弁は、影響を与えやすい。思わず、かれらの背にそうもちかけてしまった。


「驚いた。主計、おぬし大坂の言の葉がつかえるのか?」

「島田先生、お忘れですか?おれは、京に生まれ、京で育ちました。ずっと京にいたんです」


 感心してくれた島田に、思いださせる。


 もっとも、生まれ育った時代はまったく異なるが。


「ええなぁ、それ。それでええでっしゃろ、差図役?」


 大坂の伊藤がおれにグッジョブといい、京の伊藤に同意を求めた。


 すると、京の伊藤がかすかにうなずく。


「あ、すんまへんな、副長はん。ほんで、若松城にいけばええんやな?」

「あ、ああ」


 さすがの副長も、ガチ大坂弁のペースには気おくれするらしい。



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