しゃべりなのは出身地のせい?それとも育った環境のせい?
それに比べて大坂出身のほうの伊藤は、斎藤の組下なのにめっちゃしゃべりだ。
斎藤も、そんなにしゃべりなほうではない。
それをいうなら、永倉の二番組の組下の青木もである。青木も大坂出身のしゃべりである。永倉も、めちゃめちゃしゃべりなほうではない。
さらにはおれか?おれは京都出身で、さほどしゃべりではない。
ということは、出身地か?しかし、大坂の伊藤と久米部も、おなじ大坂出身である。とはいえ、久米部は大坂でも北部のほうであるが。
その久米部も、無口でおもんない男である。
おっと忘れてはならない。監察方で、斎藤同様副長の懐刀の山崎丞は、ガチの大坂人である。
めっちゃしゃべりである。
このちがいは、いったいなんだ?
本人の性格、それから育った環境なわけか。
「あの……。伊藤先生って、京のご出身ですよね?」
まえをすすむかれの背に、おずおず感満載で尋ねてみた。
すると、かれのあゆみがとまった。体ごとこちらに振り返り、おれと視線を合わせてきた。
しょうゆ顔でなかなかのイケメンじゃないか。背もそこそこあるので、軍服もムダにさまになっている。
かれにみつめられ、じゃっかん居心地の悪い思いをしてしまった。
その瞬間、かれがかすかにうなずいた。それから、踵を返してなにごともなかったかのようにあゆみはじめた。
「……」
まさかいまのかすかなうなずきは、京の出身かどうかの返答だったのか?
いくらなんでも、無口すぎるだろう?もしかして、コミュ障なのか?
しかし、コミュ障だったら、ああしてしっかり視線を合わせることすらしないよな。
「あ、あの……。伊藤先生って、おしゃべりは好きじゃないんですか?ほら、新撰組って、副長をはじめムダにしゃべくりまくるでしょう?男のしゃべりってみっともないですよね?さっきだって、どなたかがおっしゃってたじゃないですか。たった一言、「おれについてきやがれ」っていえばよかったんです。まぁ、副長はかっこつけしいのナルシストですからね。ああしてグダグダいうことで、自分に酔いしれてるんでしょうけど。しつこいようですけど、しゃべくりまくることしか能のない男って、ほんとにいやですよね?」
いいながら、「おまえもしゃべくりまくってるやないかい」って自分にツッコんでしまった。
なかなかの一人ボケに、ツッコミであった。
すると、また伊藤のあゆみがとまった。先程とおなじように、こちらへ向き直る。
かれはおれと視線を合わせてから、かすかに頸を横に振った。
んんんんんん?いまのは、なににたいする否定なんだ?
それ以前に、ここまでしゃべらなかったら、嫌がらせ的にわざとやっているのか、さもなくばなんらかのネタなんじゃないかって疑ってしまう。
おれの困惑をよそに、かれにはまだ無言で伝えたいことがあったらしい。
視線をおれからそらせると、意味ありげにそれをおれのうしろへと移した。
「主計、この野郎っ!一度ならず二度までも、おれの悪口をいいやがって。簀巻きにして磐梯山のてっぺんからぶん投げてやる」
刹那、廊下に怒鳴り声が轟いた。
「ひいいいいいっ!す、す、すみません。ち、ち、ちがいます。おれはただ、伊藤先生とコミュニケーションをとりたかっただけ……」
うしろを振り返るまでもない。っていうか、怖すぎて振り返れない。
いい訳を羅列している最中に、うしろから羽交い絞めにされた。
「おうっ、伊藤!こいつをおまえの得物でぶった斬っていいぞ」
「ちょっ……。だから副長、すみませんっていってるじゃないですか」
副長の羽交い絞めから逃れようとじたばたもがいていると、伊藤がちかづいてきた。
ええ?まさか、副長の命令に従うつもりなの?
かれがおれの近間にはいってきた。刹那、「ヒュッ!」と空気が斬り裂かれるような音が起こった。ちいさかったが、いまのはたしかに空気が斬り裂かれる音だった。
なにが起ったかわからないままでいると、伊藤の相貌にニヒルな笑みが浮かんだ。
「斬り裂きました」
そして、かれはかぎりなくちいさな声でいった。
それは、さきほどの「ヒュッ!」という音よりもはるかにちいさかった。ゆえに精神を集中していなかったら、ききもらしていたにちがいない。
「お呼びで?」
なんと、さらにかれがしゃべった。
もっとも、言葉をだすのがもったいないとばかりに、必要最小限の単語だけだが。
「あ、ああ。呼び立ててすまぬ。頼みがあるんだ。部屋へきてくれ」
副長は、そういってからやっとおれを解放してくれた。
「さすがは伊藤先生。すばらしい居合抜きでございました」
いつの間にか、すぐ背後に俊春がやってきていた。
「居合抜き?」
思わず、その単語をききとがめてしまった。副長も同様のようで、二人でハモッた。
「さようでございます。伊藤先生は、副長の命に従い、斬り裂いたのです。もっとも、主計ではなく空気を、ですが」
俊春のほうへ振り向くと、かれはかっこかわいい相貌にやわらかい笑みを浮かべている。




