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送り狼たち

 副長は日向とのトラブルについて、白虎隊の隊士たちに告げるか告げぬか、告げるとすればどう告げるかを相談しにきたらしい。


 たしかに、俊春のいうとおりである。


 日向はムダにプライドが高そうだ。みずから「こんなことがあってひどい目にあった」などと、自分の部下に告げるはずはない。


「そうだな、ぽち」


 副長は一つうなずき、同意した。


「いま一つのご用件は……」


 俊春はかっこかわいい相貌かおを、久吉と沢の方へと向けた。


「久吉殿、沢殿。みなさんで丹精こめてつくった料理でございます。これにて立ったまま食するより、部屋で座ってゆっくりお召し上がりください」


 俊春は軽く頭をさげ、二人にすすめる。


 なるほど。副長は、久吉と沢にいっしょに喰うよう誘いにきたわけか。


 久吉と沢は、たがいに相貌かおを見合わせた。恐縮しているのが、表情でわかる。

 かれらが遠慮するかと思ったが、副長がみずから誘いにきたということもある。


「それでは、お言葉に甘えまして」


 沢がいい、二人は頭をさげつつ了承してくれた。


「主計、おぬしも戻って喰ってくれ。手伝ってくれて礼を申す。おぬしの献立は、此度も大当たりだな」

「ぽち、あなたの腕がいいからですよ。これでたまがもどってきたら、新撰組うちはうまい物を喰いすぎて、健康状態をつねに心配しなければならないでしょうね」


 そう返すと、俊春は苦笑した。


 俊冬は、どうしているだろう。ちゃんと戻ってきてくれるのか?

 ある意味人質というわけではないが、俊春が新撰組ここにいるかぎり、俊冬はもどってきてくれると信じたい。


 そのとき、俊冬と板橋の刑場で別れる際、かれがおれにいいかけたことがあったことを思いだした。厳密には、おれになにかいったが、喧噪でなにをいったのかききとれなかったのである。


 かれはおれに、なにをいったのだろうか。


 たしか、「ありがとう」だった。そこまではきこえた。そのあと、「は」ときこえたような気がする。そのあとがきこえなかった。


「主計」


 呼ばれてはっとした。俊春が、懐を脅かすぎりぎりのところでじっとみつめている。みえるほうのもみえぬほうのも、おれをひたとみすえている。


「主計、案ずるな。気まぐれにゃんこは、おぬしのことが大好きだ。否、愛していると申してもいいであろう。ゆえに、かならずやおぬしのもとに戻ってくる」

「はい?おれをあんなにいじりたおしたりいびりたおしているのに?」

「愛しているからこその行動だ。それがにゃんこだ。それを申すなら、副長もだな。おぬしを愛しているからこそ、いびりたおしておられる」

「ちょっ……。そんな小学生男児みたいな心理状態、あの二人にかぎってはありえないでしょう?」

「そして、おぬしもだ。おぬしも二人を愛しすぎていて、いびられたりいじられたりすることがうれしくなる。快感になっていると申しても過言ではないな」

「はああああ?それってドMってことじゃないですか」

「さあっ、はやくお櫃を運んでくれ。みな、飯をまっている」


 俊春は、いつも以上に想像の斜め上を爆走しまくっている。


 釈然としないまま、おれはお櫃をいくつも抱えて厨をでた。


 入口で、相棒がおれをじとーっとみつめているので、「相棒っ、おれはみんなから愛されているみたいだ」っていっておいた。


 相棒がどう思ったかはわかるはずもない。


 厨から大広間にいくまでの廊下で、宿の女将おかみと道場主の奥方と娘さんに会った。


「ほんとうにおいしい料理ばかりでした。宿の料理人たちも、これからお客様におだししたいと申しております」


 宿の女将おかみも絶賛してくれたし、母娘も大絶賛してくれた。


 ふふん。これも「食の伝道師」たるおれの偉業の一つだな。


 思わず、胸をはってしまった。すると、隣で恐縮している俊春が、呆れたような視線を送ってきた。


 道場主の奥方と娘さんは、そろそろおいとまするという。


「ならば、送りましょう」

「ええ?なにも副長みずからいかなくっても。送り狼になりかねませんし」


 送るっていいだした副長にツッコんでしまった。もちろん、後半部分は口のなかでつぶやくにとどめておく。


「なんだとこの野郎?」

「わたしがまいりますよ。ぽちの料理をたらふく堪能しましたので、腹ごなしをせねば。それに、美しい女性二人で夜半にあるきまわるのは危険きわまりありませぬ」


 副長によまれるにきまっている。もうすこしで拳固か平手打ちを喰らいそうになった。


 なんとそのタイミングで、廊下の角をまわって野村があらわれたではないか。


 なんだって?めっちゃドンピシャなタイミングじゃないか。まるで、女性二人がかえるのを見計らってやってきたみたいだ。


「あああ?利三郎、送るっつーおまえが危険きわまりないんだよ」


 野村と目糞鼻糞のイケメンは、振り返って怒鳴り散らす。


「わたしが送ります」


 そのとき、また一人廊下の角を曲がってあらわれた。




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