やっぱ副長って太ったよね
膳をもって大広間にはいってゆくと、新撰組の隊士たちが口々に「副長、まっていました」とか、「局長だろうが、一応」とか騒ぎだした。
「まちやがれ!いま、一応っつったのはだれだ?」
副長が笑いながらツッコむと、いっせいに笑い声があがる。
「無礼講だ。そのまま喰ってくれ」
ちょうどおれが部屋に入ったタイミングで、白虎隊の隊士たちが箸を膳の上に置いて姿勢を正したところであった。
副長がそういってやると、全員が「はい」と元気よく返事し、また箸をとって口を動かしはじめた。
道場主の奥方と娘さんは、女将さんの部屋で喰っているらしい。
まぁ、年頃の娘さんがいるので、そのほうがいいかもしれない。
ここには、若い男性がおおいしな。ってか、男性しかいないし。それに若い男性ではなく中年男性なのに、ちょっかいをだすイケメンもいるし。
娘さんになにかあっては、さきほどの日向のことより大変なことになる。
そんなことをかんがえていると、白虎隊の隊士の何人かが副長や廊下のほうへと視線をちらちらと向けていることに気がついた。
「おおっと、忘れるところだった。日向殿から伝言だ。「今宵は、うまいものをおおいに喰い、宿でやすませてもらえ。所用があるゆえさきにもどる」、とな」
副長は、しれっと嘘をついた。
これは、ついてもいい系の嘘であろう。
すると、白虎隊の隊士たちのいずれの表情にもホッとしたものが浮かんだ。
その表情に、新撰組の隊士たちも気がついただろう。
「どうだ、うまいであろう?」
副長は上座に膳を置いて胡坐をかくと、白虎隊の隊士たちをみまわしつつ尋ねた。
「まだまだたくさんある。どんどんおかわりをするといい」
かれらは、副長の勧めも耳に入らぬほど必死に喰っている。その喰いっぷりは、年頃の男の子だからという理由だけではないのかもしれない。
やはり、この危急でろくに喰っていないのであろう。
一人が恥ずかしそうに「おかわり」をすると、箍が外れたかのようにおかわり攻撃がはじまった。
俊春一人では大変である。喰うのはあとにし、かれを手伝うことにした。
沢と忠助が厨にいるので、かれらも手伝ってくれるであろう。
かれらは、厨で喰っているようだ。
どうせ、副長が「いっしょに喰え」っていっても、二人は遠慮するはずである。
「ぽち先生、いつもおいしいものをありがとうございます」
「おいしいものばかりいただくので、最近、どうも太ってしまったようです」
厨で準備をすすめながらそんなことをいいだしたのは、沢と久吉である。
「やっぱりそうですよね」
沢のいったキーワードに、思わず口をはさんでしまった。
「忠助さんだけじゃないはずですよ。冷静に観察すれば、新撰組はみんな、太っているはずです。自分をみつめるのは怖いですし、ましてや認めたくありませんが、おれも太ってしまっていると思います」
推測っぽくいってみたが、ぶっちゃけ太っている。
体を動かしているのに、しかも、現代にいるようにさほどカロリーの高いものや偏食をしているわけでもないのに。
まぁたしかに、喰う量は増えた、かも。
それでも、たかだかしれている。喰う量じたいは、一般的な二十代の男性の平均くらいのはず……。
いやほら、永倉や島田と比較しても、おれはかれらの三分の一かその程度しか喰っていない。
おおっと。大喰い選手権で一位二位を独占できるあの二人と比較するか?ってツッコミはなしである。
もっとも、太ったとしてもせいぜい二キロか三キロくらいである。それこそ何食か抜くか、数日ジョギングかウエイトトレーニングでもすれば、充分調整できる範囲である。
うん。余裕余裕。
「お二人とも、副長をまじまじとみつめてみてください。それはそれはもう、あの男前の相貌にむっちりと肉がついちゃってますし、体だってムダに贅肉がついちゃってます。ああ、そうですね。みつめなくっても、すぐにわかるはずです。それはそうですよね。だって指図するばっかりで、自分ではまったく動かないんですから。動きもしないのに、ぽちやたまのあんなにうまい料理を喰いまくっていたら、それは太るにきまっています」
竈からお櫃に飯をよそいながら、沢と久吉にあることないこと、もとい風呂などで副長の裸体をみたおれの主観を伝えた。
が、二人はおかずを皿に盛りつつ、両瞳を点にしておれをみている。
ふふふっ。二人とも、いつも控えめでおとなしくって真面目なおれが、こんなことをいうなんて、って驚いているんだな。
二人が驚くのも無理はないって納得する。
「主計、この野郎。自身のことは棚に上げ、おれが太っただと?それ以前におれが口ばっかりとは、いったいどういう料簡だ、ええっ?」
「ひょえええええっ!」
左耳にささやかれ、またしても飛び上がってしまった。
が、すぐに思いいたった。おれは厨の入り口がみえる位置にいる。だれも厨にはいってはきていない。ということは、前回と同様俊春が副長の声真似をしているということになる。
俊春は、おれのうしろでおかずを焼いたりあたためたりしているのである。
ということは、おれの耳にささやいたのがかれであることは明白すぎる。




