気になる「くそったれ認定」
しかし、あの素直で勇敢な子どもたちのこととなると、そうはいかない。
たとえあの子たちが大人であったとしても、部下を駒につかうのが当然のこととかんがえていることじたい、武士や家柄とはなんの関係もない。
人間としてどうよ、っていいたくなる。
「ぽち。あの男は、その脚でなんらかの伝手のところに駆けこむであろう」
「斎藤先生、承知しております。日向家は上級藩士。なれど、かれは主計の表現するところのかなり残念でイタイ御仁です。もともと家老附組頭でしたが、砲兵隊へとまわされております。その家老というのが、田中様です。駆けこむとすれば、田中様のところです。かれの評判はすこぶる悪い。ほかの家老では、きいてくれるどころか門前払いされます。家族ですら、かれをもてあましております」
家老の田中土佐は、新撰組に好意的である。俊冬俊春の二人にたいしては、かなり気をつかっている。
なるほど。ならば、日向が訴えてもぜったいにスルーされる系の事案になる。
ってか、俊春はなにゆえ日向のことをそんなにくわしくしっているんだ?
「なんと、よくしっているな」
いままさにおれが疑問に思ったことを、斎藤が代弁してくれた。
「主計が白虎隊について心を痛め、どうにかしたいと願うのはわかりきっています。それを副長に話すことも。さすれば、副長ご自身も同様に願うことは当然のことといえば当然のこと。そうなれば、白虎隊の隊士というよりかは、それを統べる日向とひと悶着あるやもしれませぬ。調べておいて損はないであろうと判断し、ざっと調べておいたのです」
もう思うことはない。
『ぽち』、だなんて日本のオーソドックスな犬の名など控えめすぎる。もっとこうキラキラネーム的なものか、高貴なネーミングでないと気がすまない。
「まったく。誠にくそったれだな、ぽち」
副長は、またしても俊春をくそったれ呼ばわりしている。
「それにしても、さっきの日向の面をみたか?怯えまくっていたではないか」
副長は、俊春と視線をあわせたまま大笑いしはじめた。
無意識のうちなのかもしれない。自然な動作で掌を伸ばすと、俊春の頭をがしがしなでる。
「脅すところなんざたまにそっくりだな、ええ?」
副長は俊春の頭をなでつつ、かれの相貌をのぞきこんでいる。
その副長の言葉に、なにゆえか違和感を覚えてしまった。
なんの根拠もない。それなのに、なにかがひっかかった。
副長は、斎藤に俊冬が勝海舟を恫喝したときの話をとくとくと披露しはじめている。
頭をなでられ、俊春は例のごとくめっちゃうれしそうな表情になっている。
「よし。仕切り直しだ。あっちの部屋へいって喰おう」
「では、温め直し……」
「ぽち、かまうもんか」
副長は、いってすぐ行動である。いまも、俊春からはなれると自分の分の膳を胸元に抱え、さっさとあるきはじめてしまった。
おれも斎藤とともに自分の膳を抱え上げ、あわてて追いかける。
「あの、副長。一つよろしいでしょうか」
まだ正座したままの俊春が、廊下にでた副長の背におずおずと尋ねた。
「『くそったれ』と『馬鹿野郎』では、どうちがうのでしょうか」
その問いに、副長は振り返った。
「そりゃぁきまってるだろうが。褒めてるのとけなしてるってやつだ」
副長はそれだけ答えると、廊下を音高く踏みしながらあるいていってしまった。
やっぱ俊春は、自分が「くそったれ」認定されているのを気にしているんだ。
それもけっこう草だが、いまの副長の答えもツッコミどころ満載で草すぎる。
「ぽち、どんまい」
そして、斎藤もなにげに現代っ子っぽくウインクをしながらでていってしまった。
たしかに、『どんまい』かもしれない。
おれたちの寝泊まりしている部屋は二階であるが、食事は一階の大広間でおこなっている。
現代でも昔ながらの旅館であれば、朝は大広間で朝食ってケースがある。まさしく、そういう感じである。
さきほどまでいたのは、少人数のグループ向けの食事処といったところかもしれない。
白虎隊の隊士たちや新撰組の一部の隊士たちが喰っているのは、宿の狭い庭に面しているこの旅館で一番ひろい部屋というわけだ。
廊下をあるいていると、相棒が庭でお座りをして尻尾を振っている。
二百パーセントの確率で、俊春をみつけたからであろう。廊下の方へと駆けてきた。ぶんぶんと音がするほど尻尾を振っている。
「おうっ、兼定。飯は喰ったか?」
「兼定様には、一番に召し上がっていただきました」
副長が庭の相棒へ視線を落として尋ねると、俊春が如才なく応じた。
ああ、おれはまたネグレストしてしまった。
マジで反省である。
いっておくが、けっして忘れていたわけではない。
優先順位が、俊春のそれとちがっただけである。
それがきっとダメなんだな。
そんなおれ自身のダメダメ認定は、とりあえずはおいておこう。




