俊春の恫喝
『いかに会津武士が心身ともに強いか、藩主に忠誠を誓っており、最後まで戦い抜いて必ずや敵を討ち果たして勝利をつかむ。新撰組など、しょせん粗暴で力任せだけの集団であり、武士のごとき信念も忠誠ももちあわせてはいない』
そのあとも、日向はそんなようなことをリピート再生しつづけた。
かれは、戦況だけではなくあらゆる情報に疎いのだろうか。それとも、情報を得ているうえで、敵を過小評価しているのであろうか。
だとすれば、かれの脳内はお花畑なのかもしれない。
おれたちを呆れかえらせるのに、それだけでも十二分である。副長も斎藤も俊春も、右耳から左耳へとスルーしているみたいである。
正直、かれの持論などきくに値しないって心底思う。このまま戯言をききつづけたって、ときのムダってやつであろう。
かれは、いまやがっつきながら持論をぶちつづけている。
口のなかから食べかすが飛びだしているのが、部屋の燭台のほのかな灯りでもはっきりみてとれる。
一方で、副長も斎藤もおれも、一口も喰ってはいない。それどころか、箸に触れさえしていない。
とてもではないが、こんなにうまいものを心穏やかに喰えそうにないからである。これだったら、たとえ冷めきってしまっても、かれを追いだしてから喰ったほうがずっといい。心から堪能できる。
そんなことをかんがえていると、日向はますます増長しはじめた。
きわめつけに、こんなことをいいだしたのである。
『白虎隊は童の集まりだが、敵とぶつけて相討ちさせればいい。しょせん童。大人のようには役には立たぬ。だが、素直で単純だ。死んでこいといえば死んでくる。一太刀でも、一発でも喰らわせ、そのまま果てよと命じれば、全員は無理でもやり遂げる者はいるだろう』
刹那、殺気を感じた。
いや、ちがう。殺気を感じるだけでなく、おれも殺気を放っていた。
左太腿の側にある「之定」の鞘に、反射的に掌がのびていた。おれの視界の隅に、斎藤が「鬼神丸」の鞘を握りかけているのが映った。
副長はさすがに「兼定」に掌をのばすようなことはなかったが、憤怒の表情になっている。
噴火寸前の活火山状態ってわけである。
副長は、いまにも雷を落としそうである。
しかも、日向など跡形もなく消しとばしてしまいそうなレベルのおおきな雷である。
思わず、その雷に備えてしまった。
刹那、日向がフリーズした。膳の上にわずかに上半身をかたむけた姿勢のかれの箸の間から、豆腐ハンバーグが皿の上にぼとりと落下した。
「愚かなる人間よ。それ以上戯言を囀るのはやめよ」
低いささやきが、室内をゆっくり這ってゆく。
向こうの部屋から、笑い声がきこえてくる。大人の声、子どもの声がいりまじっている。
向こうは、ずいぶんと盛り上がっている。
「めっちゃうまい」
「こんなうまいものは喰ったことがない」
「ありがたいなぁ」
大人も子どもも、それぞれの方言で料理を称讃したり感謝しまくっている。
それらは、当然かつ自然な反応であろう。
はっとして意識をすぐ眼前へともどした。
一瞬、俊冬かと思った。声も台詞も似ていたからである。もちろん、俊冬なわけはない。
かれはいま、関西圏か、もしかすると中部地方あたりにいるかもしれないのだから。
日向に動きが戻った。
とはいえ、フリーズ状態から完全に開放されたわけではない。空気を求め、鯉みたいに口をぱくぱくさせる程度である。いまだ姿勢はそのままで、箸を持つ掌も胸のまえで動きをとめたままである。
その日向の真横に、俊春が片膝立ちしている。しかも、俊春の右の手刀が日向の頸筋をなめている。
その俊春の姿は、勝海舟の家で勝を恫喝した俊冬を思いださせた。
「愚かなる人間よ。見当はずれの大言壮語はやめておけ。これにいらっしゃる新撰組のお三方は、寛大である。愚か者の戯言もきき流してくださっている。が、わたしはそうではない。新撰組は、会津中将が会津武士同様に認め、信頼されていらっしゃる組織である。貴様は、それを否定した。この意味がわかるか?それだけでなく、貴様は貴様自身の部下についても道具としかみなしておらぬ発言をした。それは、貴様自身の部下のみならず、その部下の家をも愚弄したことになる。さらには、白虎隊という名誉ある隊を発案し、認めた重臣、そして会津中将をも愚弄したことにつながる。否、愚弄だけではない。勝手に私物化し、全滅させようと目論んでおる。貴様は敵の間者か間諜か?さきほどの貴様の囀りは、そのように流言するよう敵に頼まれたとしか受け取りようがない」
この恫喝は、俊冬とはちがう不気味さと怖さがある。
ふだん、おれをいじるとき以外はおとなしい俊春が、いまは兇悪な恫喝者のごとく振る舞っている。
このギャップがすごすぎる。
「愚かなる人間よ。いますぐここから去れ。わが主がだまっておられるうちに、これより退散せよ」
かれは、さらに脅しをかける。




