斎藤は有名人?
ただ、それはあくまでも現代に伝えられている説である。
おれは、それを信じている。そして、実際にかれに会い、それらしきことを尋ねてみた。そのとき、彼は遠まわしに肯定しのだ。
もっとも、斎藤の正体については副長も気がついているようだ。
ゆえに、会津へさきにゆかせたのではないかと推察している。
俊春のいまの視線は、そのことをいいたかったにちがいない。
「口だけ動かすのはむずかしい。気がつかれやしないかとひやひやしてしまった」
斎藤は、さわやかな笑みを浮かべてからそれを苦笑にかえた。
「ええ?あれは斎藤ではなかったのか?」
「勘吾さん、ぽちですよ。わたしはただしゃべっているふりをしていただけです」
「どおりでな。こいつ、かように諫めるような性質であったか?って思っていたのだ」
「ひどいな、勘吾さん。わたしだって、あそこほどではないにしろ、あの子どもたちが戦にいかずともすむよう、諭すくらいはできると思いますよ」
斎藤はさらに苦笑する。
「なんやなんや?組長がなんやおもろいことゆうてんな、って思とったけど。ちゃうかったんやな」
伊藤をはじめ、三番組の隊士たちも驚いている。
その驚きは、斎藤の饒舌だったことにたいしてなのか、あるいは俊春の口真似にたいしてなのか、判断に迷うところである。
「どちらにせよ、ぽちの機転はくそったれだな」
そして副長は、俊春のことをさらに『くそったれ』にしたいらしい。
「もっとも、かれらもどこまでききわけてくれるか、ですが」
謙遜のかたまりである俊春は、悲し気にいう。
そうなのである。だれが諫めようと、結局、それをきいてくれるかどうかなのである。
それでも、俊春が機転をきかせて告げてくれただけありがたい。
もしかすると、白虎隊の飯森山での自刃も、告げたことによる結果により、最小限におさえられるかもしれない。それこそ、さきほどのアドバイスがなければ犠牲者は二倍にも三倍にもなるかもしれない。死者や怪我人の数のトータルだって、もっとすごい数になるかもしれないのだ。
そりゃあ、死傷者はゼロにこしたことはない。しかし、それは土台ムリな話である。戦時下においては、一般市民、もとい藩領の民草であっても、戦のあおりを喰らって犠牲になることは充分ある。ましてや戦場に立つとなれば、犠牲がまったくないというほうがおかしい。
すべてを救うことはできない。
神や仏ではないのだから。
「ぽち、ありがとうございます」
俊春のまえまで駆けてゆき、心から礼をいっていた。かれの懐を脅かしてまでである。
一瞬、かれの両掌を握るか両肩をがっしりつかみたい衝動に駆られた。が、かれにたいして過剰な接触は控えた方がいいだろうと思いなおした。
そんなことをしてかれを怯えさせでもすれば、かれの「お父さん犬」がおれを許さないだろう。
「礼を申す必要はない。すべてを救えぬのだから。わたしがしたことは、しょせんごまかしにすぎぬ。結局、副長やおぬしの希望にそうことはできぬのだから」
「ちがいます。さっきので、失われるはずの生命が一つでも二つでも助かるはずです。あなたがしてくれたことは重要で、なによりおおきなことです」
「主計の申すとおりだ、ぽち。誇っていいぞ。誇りまくれ」
せっかくおれと俊春とでわかりあおうとしているところに、副長がいらぬ合いの手をいれてきた。しかも、エラソーにほこりまくれって……。
一瞬、埃にまみれまくれっていっているのかと勘違いしそうになってしまった。
「ねぇ、副長。みんな、死んでしまうのですか?」
「ぽち先生、とらちゃんもしんちゃんもとよちゃんも、死んでしまうのですか?」
心のなかで副長をディスっていると、市村と田村がちかづいてきた。
二人とも、マジな表情できいている。
練習中も、かれらはマジな感じであった。おそらく、あたらしくできた友人たちの様子から、なにか切羽詰まったものを感じたのであろう。
「正直なところ、それはわからぬ」
応じたのは俊春である。
「かれらは、家や藩や藩主に縛られすぎている。幼少の時分より、そうなるように過ごしているからだ。二人とも……」
悲しいかな。いまや背を抜かされた俊春は、以前のように子どもらと目線を合わせるのに腰を折ったり双眸を下に向けたりする必要がなくなってしまった。
ほぼおなじところに、かれらの双眸があるのである。
これがもうすこし経つと、逆に視線を上げるか、インドのヨガ行者か、「フ〇ース」の力でもって宙に浮かなければならないだろう。
って、俊春ににらまれてしまった。




