副長からの挑戦状
「主計、おれと勝負しやがれ」
なんと、副長がおれに勝負を挑んできた。
「ふ、副長?そんなこと、正気でおっしゃってるんですか?さっきの名勝負をご覧になったでしょう?前座なら兎も角、あんなすっげー勝負の後に副長とおれとが勝負するなんて、ただのコメディ、もとい出来の悪い芝居みたいなものですよ。まぁ、おれは笑いをとれるんなら構いませんが。いやいや。やっぱり、ダメです。おれも一応は剣士です。相馬龍彦という、すっげー剣士の子なのです。あの世にいる親父のためにも、不名誉なことはできません」
副長の懐を脅かし、その耳に口をちかづけてかぎりなく小声で告げてみた。
「まちやがれ。なにゆえおれとの勝負が不名誉なんだ、ええ?そりゃぁ、あの二人とは格はちがうが、そこそこの勝負はできるはずだぞ」
副長がささやき返してきた。
ちやほや、もとい絶賛称讃されている斎藤と俊春。それから、称讃しまくっている新撰組と白虎隊の隊士たちは、おれたちのやりとりに気がついていない。
なにがなんでも、副長の馬鹿なアイデアを却下しなければならない。
「ならば副長。このくっそ暑いのに、不自然に着用しつづけているその軍服の上着を脱いでみてください」
そうなのである。副長は、この汗ばむ陽気のなか、上着を羽織ったままなのである。
指導していたおれたちは、稽古がはじまるまえには脱いでいた。暑いという以前に、動きにくいからである。たしかに副長と野村は、道場の隅でナンパをしていただけである。汗をかいているかはわからないが、それでも上着など必要ないほど道場内の温度は上昇している。
その証拠に、野村はとっくの昔に上着を脱いでいるのだから。
「なんだと、この野郎?着ていようが脱いでいようがおれの勝手だろうが。おまえの指図は受けぬ」
やはり……。
副長がめっちゃキレはじめた。
上着の内ポケットに、胡椒爆弾かそれに相応するチートアイテムを隠しもっているのだ。
「戦わずして降参いたします。おれの剣術は、しょせん道場剣術の域をでません。実戦に強い副長には、逆立ちしたってかないっこありません」
大人で機転のきくおれは、副長の自尊心をあおりまくりつつ、危険回避を試みてみた。
胡椒にしろ火や水にしろ、これ以上捨て身で笑いをとるほど、ギャラをもらっているわけではない。
ぶっちゃけ、冗談じゃないってやつだ。
「ちっ!臆病なやつめ。まあいい。このさき、まだまだその機会はあるからな。ぽちたまとおまえのことは、見事討ち果たしてくれる」
「ええ、ええ。それまでに、おれも腕を磨いておくことにしますよ」
ツッコミどころ満載の副長の言葉だが、どうやら無事にかわせたようだ。
心底ほっとしてしまった。
結局、もう三十分ほど稽古をおこなった。
斎藤と三番組の隊士たちもくわわって。
終了の礼を道場の上座に設えられている神棚に向かってとると、白虎隊の隊士たちも緊張から解き放たれたらしい。笑顔で市村や田村とふざけあいはじめた。
ふと視線を向けると、斎藤と俊春が相貌をよせあい、話し込んでいる。おれの視線に気がついたのか、二人が同時にこちらをみた。
斎藤はおれと視線があうと、視線を俊春のほうへともどしつつ、かれに一つうなずいてみせた。
「みな、いい稽古であった。一つ、きいてほしいことがある」
そして、かれは俊春からはなれると、白虎隊の隊士たちのまえに立ってそういった。
白虎隊の隊士たちは姿勢を正し、新撰組サイドは、かれに注目する。
「みなは、なにゆえここにいる?なんのために、なにをするために、ここにいる?」
その問いに、白虎隊の隊士たちは面喰らったかのような表情で、たがいに相貌をみあわせはじめた。
かれらにしてみれば、ここに存在するのは当然のことなのである。だからこそ、その問いに驚き戸惑っているのであろう。
だれ一人として、ここにいることが当然のことではあっても、それがどうしてなのか、なぜいるのか、ということは意識したことはないはずだ。
この子たちのなかには、親にいわれてとか雰囲気にのまれてとか、そういう理由できている子もいるだろう。
幼少のころから、武士としての心構えをたたきこまれ、家を護り主君に仕えることをすりこまれているであろうから。
「だれもしらぬのか?こたえられぬのか?」
斎藤は、かれら一人一人の相貌をみつつ重ねて問う。
「ならば、問いをかえよう。ここにいたくない者はいるか?」
つぎの問いで、かれらがざわめきだした。
「おらねぇ。そだ臆病者は、白虎隊におらねぇ」
伊東が姿勢を正して叫ぶと、みな、それに同調してうなずく。
「さすがだ。この斎藤、みなの固い決意にあらためて敬意を表したい」
斎藤は、おおげさに何度もうなずいている。
「さすれば、その決意をもってせねばならぬことはわかるか?」
またしても問いである。
その問いに、みな頭を働かせているようだ。
そして、しばらくするとわからないっていう表情で斎藤に助けを求めはじめた。




