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「鬼の副長」

 おれはいったいどうなってしまっている?おれはいったいどこにいる?

 心中穏やかではなかった。それはそうだろう?


 昨夜、どこかでみたことがある、となぜか懐かしいようななんともいいようのないものを感じた。てっきりおれの人生のなかですれ違ったか接触があったか、そんな類のものとばかり思っていた。もしくはTVや雑誌やweb上でみたいわゆるイケメンとか。・・・。

 が、そんなんじゃなかった。いや、たしかにweb上ではあるな。あるいは雑誌やTVでもみたことがあっただろう。


 一枚の写真。現在でも残っているかれだとはっきりわかる写真・・・。

 おれは、自分が尊敬している男の顔が即座にわからなかったわけだ。というか写真は短い髪だった。いいや、それ以前に本物がいま、ここに、おれの前に立っている、ということのほうが不可思議じゃないか?


 土方歳三ひじかたとしぞう、新撰組の「鬼の副長」がどうしておれの前に立っているのか、ということのほうが・・・。


 おれの内心の動揺に気がついてか気がつかないのか、長髪の男は庭でお座りしている相棒にちらりと視線を向けた。それから縁側にでていった。相棒はすでにぶっかけ飯を喰ったようで、お座りの姿勢でその動きをじっと追っている。

 一つ一つの動きに無駄がない。こういう着物の着方を「着流し」というのだと後で知った。流れるような所作、そしてごく自然に掌が得物を帯びない左腿の付け根に当てられた。

 そこはハンドラーが犬たちに近寄るように送る合図だ。


 驚いた。けっして他のハンドラーのいうことはきこうとしない頑固な相棒が、縁側に近寄り長髪の男のまえに座り直したのだ。


 長髪の男は、両膝を折って上半身を低くすると相棒のピンと立った耳に唇を近づけなにやら囁いた。尻尾が土を掃く音がここまできこえてくる。


「さすがだ」

 そのような言葉がきこえてきたような気がした。いったい、どういう意味なのか?


「おれは京都守護職お預かり「新撰組」の副長土方歳三。昨夜はすまなかったな」

 立ち上がるとまた部屋に入ってきた。

「あの・・・。土方歳三って「鬼の副長」の?ここは?おれはいったい・・・」

「さすがは「鬼の副長」、有名ですものね」若い利三郎が囃し立てたのを、土方歳三と名乗った長髪の男が一喝した。

「やかましいっ、利三郎!油を売ってねぇで永倉ながくら原田はらだ両先生を呼んでこい。あぁ待て、四半時くらい後にくるよう伝えろ」

「承知。あっ、お客人、こいつの名前は?」利三郎は相棒を指差して尋ねてきた。

「兼定号・・・。あ、いや、兼定」

「へー、刀と同じだ。そういえばお客人も「兼定」だな」井上が破顔していった。

「いや源さん、あれは「之定」だ」

 長髪の男が顎をぐいと上げたので、おれはそちらの方をみた。

 床の間の刀掛けにおれの愛刀が置かれている。


 刀掛け?大河ドラマや時代劇のお蔭でそんな言葉が苦もなくでてきてくれる。とはいえBGMがわりにただ流していただけだが。


「ではわたしは厨にいってなにか喰う物を持ってきましょう」

 井上が立ち上がった。その所作も無駄や隙がない。

「頼む、源さん。しばらくしてからでいい」

 二人はしばし無言でみつめあっていたが、井上は一つ頷いて了承した。

「あいよ、副長」

 それからおれに目礼し、部屋をでていった。


 土方歳三と名乗った男は、縁側の左右に視線を走らせてから相棒に掌を上げた。「待て」の合図だ。それから障子を閉めた、


「名は?恩人やら客人というのは面倒だ」

 土方歳三と名乗った男はおれの横に胡坐をかきながらいった。

「相馬肇、相馬肇です・・・」

 名乗りながら、昨夜の光景が鮮明に甦ってきた。


「気をつけろ、とのもっ」

 この男は、おれに向かってたしかにそういった。


 おれの混乱はもはや内心に留めておくには膨大すぎた。


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