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本物の強者は謙遜するよね

「ふむ。わたしには、脚、腕、双眸、ついでに鼻も封じてもらいたいものだが」


 いつの間にか、横に斎藤が立っていた。

 かれは、顎に指をあてつつつぶやいてる。


「せやな。簀巻きっつーやっちゃ。そりゃええ」


 斎藤のムチャぶりな要望に、なにゆえか伊藤はよろこび勇んでいる。


「いや、それはやりすぎですよ。それに、ぽちでしたら簀巻きにされても器用に避けたりかわしたりします。斎藤先生はそれに翻弄され、結果的にはつかれて自爆するかもです。なんとなく、それが予想できます」

「ふむふむ。たしかにそのとおりだな、主計。そうなれば、ぽちはそこまで不利な状況であるにもかかわらず、わたしが負ければいい恥さらしということになる」

「ご明察です、斎藤先生」

「なんや、おもろないな。簀巻きのくねくね踊りやったら、ええ笑いがとれるで」

「ちょっ……。伊藤先生、やめてください。そこじゃないでしょう?これはコント、もとい演芸ではないんですよ」


 どんどん剣術からずれていている。これではまるで、コントかマジックショーの打ち合わせみたいではないか。


  でっ結局、俊春はどこをしばってほしかったというのか?


双眸にきまっておるだろう?」


 見上げると、俊春が見下ろしている。


 おれのかわりにだれかにしばりなおしてもらったのであろう。すでに目隠しをしている。


 かれは、耳がきこえない。目隠ししているうえに聴覚をうしなっていても、おれの位置が把握できている。


 ぶっちゃけ、双眸がみえず、聴覚をうしなっていようと、かれにとっては致命的なハンデというわけではないのである。


「斎藤先生、目隠しだけでいいかと思いますが……」


 かれは相貌かおを斎藤の方へと向け、いいにくそうに告げた。


 もちろん、かれは斎藤の位置も把握できている。


「遠慮するな、ぽち。わたしは、自身の腕は承知している。おぬしがいくら不利な状況であろうと、わたしに勝ち目はないことくらい十二分すぎるほどわかっている。ゆえに、だれになんと思われようと、気にはせぬ。最初の打ち合わせどおり、おぬしは目隠しで木刀、片腕、跳躍は抜きでいい」


 なんてこった。


 俊春は、斎藤を呼びよせる手配をしたばかりか、ここでの剣技の披露までちゃんと打ち合わせていたのだ。


 それはさておき、さきほど斎藤自身がいったとおり、ハンデありまくりの俊春に負ければ、新撰組うちサイドは兎も角、会津藩サイドはどう思うだろう。


 俊春はそれを懸念し、遠慮しているようだ。


「うわー、斎藤先生も謙遜の塊だよね。ねぇ、副長?」

「そうだよね。斎藤先生もぽち先生とおんなじだよね。やっぱり、つよーい人って、それだけ謙遜ってことをしっているんだね。ですよね、副長?」


 そのとき、市村と田村が、強き者の真理をついてきた。しかも、悪意あってかそうと気づかずか、副長に同意を求めている。


 めっちゃ草だ。


『ぐうううううう』


 って感じの吹き出しが頭の上に浮かぶほど、副長の眉間に皺が刻まれている。


 してやられた感満載の副長の様子に、ふいてしまった。


 もちろん、またにらまれた。


「おまえら、どきやがれっ!試合の邪魔だ邪魔っ!」


 そしてついに、副長が口惜しまぎれにキレた。


 腰のベルトから「兼定」を鞘ごとはずし、それをブンブン振っておれたちを壁際へと追い立てはじめる。


「雰囲気がちがうようだが?」


 そんなおれたちなどスルーし、斎藤と俊春は、すでに道場の中央で向き合っている。


 そう声をかけたのは斎藤である。当然のことながら、その相手は俊春である。


「それは、おたがいさまかと」


 俊春は、目隠しをしていても周囲の状況を完璧なまでに把握している。


 ふと道場の入り口をみると、相棒がお座りをして俊春むすこをじっとみまもっている。


 もしも、もしも俊春がピンチをむかえることになったら、相棒は斎藤に襲いかかるだろうか……。


 いや。永倉のときのように、襲いかかるようなことはしないんだろうな、きっと。


 それなのに、おれがちょっとツッコんだりクレームをいうときだけ攻撃的になるなんて……。

 

 おれはぜったいに、俊春にたいしてけっして掌をあげたりしない。それどころか、物理的に危害を加えることなどちらりとも思い浮かばないというのに。


 それなのに。相棒はおれだけに……。


 っていうか、俊春にはどんな攻撃だってききめがあるわけもない。



 そんな絶望感を頭をふりふりうちはらいながら、視線を道場内にもどしてみた。


 白虎隊の面々は、壁際にきちんと正座をして並んで見学をしているのにたいし、新撰組うちは大人も子どもも壁に背を預け、だらだら感満載で眺めている。


 どうやら、こういうところからしてちがっているようだ。


「かれは、この日の本で一番の剣士だ」


 斎藤は、白虎隊の隊士たちに向き直ると告げた。


 かれらは、斎藤のことをよくしっているらしい。一様に、憧れの剣士ひとをみるようにきらきらとを輝かせながらかれをみあげている。


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