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斎藤は天然です

「おいっ、斎藤。剣術の勝負をするのであったら、おれとおれ、いや、ちがうな。おれとぽち、どちらがいい?おまえのことだ。無論、おれだよ……」

「はい、副長。無論、ぽちです」


 副長は誘導尋問っていうよりかは、完璧なまでに「おれを選びやがれ」って脅しをかけた。しかし、斎藤はその副長を嘲笑うかのように、さわやかすぎる笑顔をそえ、ソッコーで答えた。


 これ以上にないほど、きっぱりとした回答であった。


 草すぎる。


 思わず相貌かおを伏せ、ふいてしまった。


「いたっ!なにをするんです、副長?」


 頭に拳固を喰らってしまった。


「おいおい、斎藤。なにもおれが副長だからって遠慮する必要はないのだぞ」

「副長、遠慮ではございません。おっしゃっている勝負とは、剣術のことですよね?剣術でしたら、やはりぽちです。わたしが負けるのはわかってはいるのですが……。それでもやはり、挑みたい。それに、まともな剣術でしたら、やはりぽちでないとなりませぬ」


 斎藤は、さらにさわやかな笑みをきらめかせて応じる。


 そのツッコミどころ満載の返答に、副長も絶句している。


 草すぎて、これ以上耐えられそうにない。


 正直、斎藤に負けてしまったかもしれない。


 お笑いのセンス抜群じゃないか、斎藤?

 しかも、無自覚である。つまり、天然ってわけだ。


「斎藤。おまえ、さきに会津にやったことで、おれを恨んでいるのか?」


 まともな剣術でない認定された副長の傷ついた表情かおは、めっちゃ草である。


「はあ?副長、恨みだなどと。あのときは、いたしかたありませんでした。それに、副長はわたしを信じて命じられたのです。恨むわけがありませぬ」

「だったら、なにゆえだ?」

「まぁまぁ、副長。白虎隊の隊士たちがまっていますゆえ、ここは手下てかに任せ、副長は審判でもされてはいかがでしょうか」

「さよう。あんたはわたしたちの頭なのだ。あんたみずからすることじゃないだろうが」


 島田がみるにみかねて割って入ったところに、蟻通も助け船をだす。


「はははっ!馬も自身に乗る人間ひとを選ぶゆえ、それとおなじであるな」

「才助っ!馬など関係なかろうがっ」


 せっかくまとめようとしたところに、安富が謎の持論を披露してきた。

 蟻通があわててツッコむ。


「馬など?副長の剣術と馬を一緒にするでない。馬は、この世でもっとも気高く誇り高き生き物だ。副長の剣術とは比較にならぬ」

「才助っ!いったい、どういう料簡だ、ええっ?」


 安富、もともとあんたが馬のことをいいだしたんじゃないか。

 ツッコまずにはいられない。

 

 それは兎も角、安富の馬フェチぶりはあいかわらずである。安心してしまった。それをいうなら、斎藤のさわやかな笑みと、悪意のない悪意ぶりもあいかわらずである。


 なにもかわっていない。

 うれしくなってしまう。


「副長、落ち着いてください」


 世話女房の島田は大変である。

 かれは、これからさらに苦労することになる。


 そんなコメディをよそに、斎藤と俊春はとっとと立ち合いの打ち合わせをはじめている。


 しばし額をよせあいひそひそ話をしていたが、同時にうなずくとはなれ、準備に入った。


 なんと、斎藤は愛刀の「鬼神丸」で、俊春は木刀でおこなうようだ。しかも、俊春の木刀それは、子ども用のごとく五十センチか六十センチくらいのながさしかない。


「主計、しばってくれぬか?」


 俊春が手拭いをさしだしてきた。


 なるほど、ハンデをつけまくるわけだな。


「了解」


 一つうなずいてからそれを受け取り、ご要望どおりにしばってやった。


「主計のすっとこどっこいのオオボケ野郎っ!」

「はああああ?ご要望どおりしばってあげたっていうのに、なにゆえそんな理不尽なことをいうんです?」


 両膝を曲げた姿勢のまま、俊春をみあげてクレームを叩きつけてやった。


 いったい、なんだっていうんだ?


「フツー、脚首をしばるか?」

「あなただったら、しばるのなら脚でしょう?ちょこまかと動きまくって鬱陶しいですし、足癖も悪いですしね。あ、それをいうなら、手癖も悪いですが」

「兼定、きいたか?ぽちはまた、主計にいじめられている。いわれなき誹謗中傷にさらされ、ぽちの心は傷ついてしまった」

「ちょっ……、相棒っ!」

「がるるるるるるるるるるっ!」

「うわっ!かっこいい」

「本物の狼みだいでかっこいいではねぇか」


 おれの情けないまでの悲鳴は、相棒の怒声とそれを目の当たりにした白虎隊の隊士たちの歓声によってかき消された。


「えらいやっちゃな、主計。笑いをかっさらいよった」


 三番組の隊士の伊藤いとうが、おれの横に立ってこちらをみおろしている。


 浪花の元大工である伊藤は、京の屯所で相棒の小屋、もとい御殿をつくってくれたことがある。そして、おねぇこと伊東甲子太郎と区別するため、「参謀とは漢字ちがい」の伊藤といまだに呼ばれている。


 かれもすっごく元気そうである。


 関西勢、がんばれ!


 東にきて、関西人の存在が頼もしく思えてくる。





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