斎藤との再会
「おいおい、たったあれだけの指導でへばったというのか?誠に情けないかぎりだ。仕方ねぇ、おれみずからがやってやろうではないか」
またしても、イケメンがなにかいっている。
しかも、ナンパしまくっていた自分のことを棚にあげ、真面目に指導したおれたちを、ディスりまくっている。
いっておくが、おれたちは指導だけしていたわけではない。実際に木刀で打ち合ったりしたのである。口だけ動かしていたのではない。
学校のクラブ活動で名前だけの顧問をつとめる先生みたいに、なーんもしない副長とはわけがちがう。
「そうだな……」
副長は、ムダにカッコつけつつ道場内をゆっくりあるいている。
ふと壁際をみると、娘さんがいなくなっている。
副長と野村から解放され、よろこび勇んででていったにちがいない。
イケメンも、ただだまって相貌を眺める分にはいいかもしれない。が、下心ありありでネチネチ絡まれた日には、女性だってうんざりするにきまっている。
ってまた、副長ににらまれた。
「体躯を動かしてばかりいても、かえって体躯に負担をかける。うまいやつの剣技をみるのも、いい勉強になるであろう」
副長は、大剣豪の教えのごとく論じながら、しれっと道場の上座までいき、そこで腰に手をあて全員をみまわしている。
イヤな予感っていう以前に、副長はまだ目立つことをあきらめていないのかって呆れてしまう。
白虎隊の面々は、あの「鬼の副長」の言葉を、きらきらした双眸でみあげ、耳をダンボにしてきいている。
そして、新撰組サイドは、市村や田村、同行の隊士たちもふくめ、全員が胡散臭げな表情でみている。
「会津の若き剣士たちに、ぜひとも剣技を披露してみようではないか、ぽち」
やっぱりな。
副長は、つぎはどんな策でもって、このきれいな道場を汚しまくろうというのだろうか。
ってまた、副長ににらまれた。
「え?副長が?屯所の道場で一度も練習をしているのをみたことのない副長が?」
「副長って剣術ができるのか?」
「腰の「兼定」は、竹筒ってきいたが」
「副長が剣を握ったら、新撰組に不幸が訪れるときいたぞ」
同行の隊士たちが、こそこそといいあっている。
なんてこった。副長の剣術は、都市伝説化されてしまっている。
まさしく、「新撰組の七不思議」だ。
「承知いたしました」
俊春は道場の壁際に立っていたが、さっと片膝を床につけて神妙に応じた。
なんと。かれは、副長とやるつもりなのか?
ってか俊春、それはリスクしかないぞ。
「副長は、これからわれわれの中核を担うお一人です。練習ごときで万が一のことがございましたら、それこそ味方の士気にかかわります。それは、そのまま戦の勝敗をも左右いたします。昨夜、わたし自身が練習の相手を選びます、と申し上げたのを覚えていらっしゃいますでしょうか?その相手が、ちょうど到着したようです。その相手と、不肖このわたしとで剣技とまではいかずとも、立ち合いをいたします」
頭を深くたれ、俊春は申しでる。副長も、そんな展開になるとは想像もしていなかったんだろう。きょとんとしている。
そのとき、道場の入り口にお座りをしているはずの相棒が、道場に背を向け、反対側をみていることに気がついた。
尻尾をこれでもかというほど盛大に振っている。
「おおっ!兼定っ」
「兼定だっ」
「兼定っ」
どうやら、何人かの人が道場にやってきたらしい。しかも、訪問者たちは相棒のことをしっているようだ。
残念ながら、ここからではよくみえない。
「兼定っ!息災にしていたか?おお、よしよし。息災だったようだな」
ひときわ弾んだ声。その声にはきき覚えがある。
相棒をなでているのであろう。まだ姿をあらわさない。
おれだけではない。さきほどの声に反応したのは、副長や島田、蟻通に野村に数名の隊士たち、市村と田村も同様である。
も、もしかして?
「副長っ」
しばらくして道場の入り口にあらわれたのは、やはりこの男であった。
新撰組の三番組組長にして永倉や沖田同様に最高の剣士である斎藤一である。
「斎藤っ!」
「斎藤」
「斎藤先生っ」
だれもがその名を叫んだが、副長のそれが一番おおきかった。
まさしく不意打ちである。もちろん、いい意味でであるが。
副長など、さっきのエラソーな講釈などすっかり忘れ、めっちゃでれっとした表情になっている。
念のためであるが、二人はそういう関係ではない。純粋な男と男の絆で結ばれているって感じであろうか。
まぁ、いろんな二次創作では、そういう関係になっているようであるが、おれの眼前の二人の関係はまったくちがう。
繰り返していうが、二次創作ではそういう関係でも、いまここにいる二人の関係はちがう。
くどいかもしれないが、二人の名誉のためにも念のためである。




