野村利三郎の過去
結局、早朝の素振りはできなかった。
ヤル気満々だったのに。
それは兎も角、朝食後、さっそく白虎隊の隊士石山の伯父が通う町道場とやらに向かった。
面子は、副長に島田、蟻通に野村、それから隊士が数名、俊春に相棒に市村と田村とおれである。
ほかの隊士もついてきたがったのは、いうまでもない。
その町道場がどのくらいの規模かはわからないが、白虎隊の隊士たちもある程度の人数がくるはずである。合計すれば、かなりおおくの人数で詰めかけることになるであろう。そうなると、先方に迷惑をかけることになる。
ゆえに、副長は隊士たちに「宿に残ってまったりしていろ」、と命じたのである。
その際、副長は「それぞれの進退についてかんがえる時間を延長するゆえ、充分かんがえろ」、とも付け足していた。
「利三郎。おまえがついてくるなんて、めずらしいこともあるもんだ。おまえ、剣術の稽古なんてしたことないだろう?」
両腕を頭のうしろにまわし、ぶらぶらあるいている野村の背に嫌味をぶつけてやった。
おれのしるかぎりでは、かれは道場も含めたいかなる場所で、素振りも含めたいかなる稽古をしているところをみたことがない。それどころか、「野村はがんばっているな」とか「熱心に稽古をしているな」といった類の噂話すらきいたことがない。
そもそも、野村利三郎って剣術ができるのか?っていう疑問を抱いているほどである。
いまさらであるが、かれのウィキには、剣術も含めて武術関係の事柄はいっさい触れられていない。
出身についてすら、「美濃の大垣藩出身ではないかといわれているが定かではない」と記載されているように記憶している。
それも、「同藩士と口論の上決闘をして脱藩」という、衝撃的な過去があるらしい。
もっとも、それらはあくまでもウィキの情報ではあるが。
もしもそれが事実だとすれば、「喰おうと置いておいた饅頭をめぐって口論になった」とか、「悪戯をして責任を他人におしつけてトラブルになった」とか、そういうしょーもない理由や要因にちがいない。
決闘というのも、襷掛けをして一対一の剣術勝負とかではなく、福笑いとかしりとりとか、一般常識の斜め上をいく決闘方法のような気がしてならない。
脱藩っていうのも、みずから恰好よくしたのではなく、放りだされたのではなかろうか。
かさねて断言するが、野村にシリアスは似合わない。まったくもってありえない。
「オゥ・ディア!」
かれは、その姿勢のままこちらへ体ごと向いた。そのままの恰好で、器用にうしろあるきをしている。
「わたしは、一般ピープルのようにあくせく鍛錬する必要はないのだ。なにせ、わたしには才能がある。その上、本番に強い。アイム・ザ・ストロンギスト・イン・ザ・ワールド、というやつだ」
野村よ……。
いまのツッコミどころ満載の発言は、いつもイケメン上司の背中をみているからか?
ここにも、ノーテンキなおれ様系の勘違い野郎がいる。
「んんんんん?いまのは、どういう意味かな?」
島田は、あいかわらず好奇心旺盛な永遠の少年力を発揮してきた。
「島田先生、いまのは戯言です。どうでもいいんですよ。ったく利三郎、おまえが強いことはよーっくわかった。新撰組はマジで世界一の剣士と、自称世界一の剣士とがいりまじっているからな。世界最強集団ってわけだ。ラスボスがでてこようがドラゴンがでてこようが、あっという間に倒してしまうだろうよ」
思わずキレ気味で、ってか、キレてしまった。
「利三郎さんは、世界で一番強いんだって」
「すごいよね。新撰組は日の本一どころか、異国をあわせても強い人ばかりだ」
英語の上達の著しい子どもらが、口々に叫んでいる。
「調子にのってるんじゃねぇよ、利三郎。なにが世界一だ。おれをさしおいて、語ってるんじゃねぇ。そういうのを、盛りすぎっていうんじゃねぇのか、ええ?」
副長も、どんどん現代っ子化している。
いや、副長。そもそもそこじゃないです。
っつか副長もやっぱり、自分が日本一どころか世界一だって勘違いしているんだ。
「ならば、ついてくる必要なんてないだろう?それだけ強いんだったら、おれたちの剣術をみたってつまらないだけだろうが」
「副長ーっ、主計がかようなことを申していますよー」
野村は、おれの言葉をそのまま副長にトスした。体ごとまえへ向きなおし、先頭の副長のもとへと駆けてゆく。
「な、なにをいっているんだ?おれは、おまえのことをいっているんだぞ」
「主計、この野郎っ!おれに嫌味をぶつけるたぁ、いい度胸じゃないか」
「ちがいます。ちがいますよ、副長っ!」
陽気もあいまって、相貌だけでなく、全身汗まみれになっている。
もしかしたら陽気のせいではなく、これは冷や汗なのかもしれないが。
野村といい俊春といい、なにゆえおれを陥れる?
そんなことをして、なにか得するとでも思っているのか?
「ひとえに面白い。それに、スカッとする」
「ひええええええっ!」
またしても、俊春にささやかれてしまった。右耳がこそばゆい。
「往来でへんな声だしてんじゃねぇっ」
「副長、道場がみえてまいりました」
またしても、副長に叱られてしまった。その元凶である俊春は、しれっと前方を指さしている。
たしかに、町道場っぽいものがみえてきた。




