副長の誠の実力
「いつつつつ」
副長に喰らった拳固のおかげで、おれはさらにお馬鹿になったにちがいない。
地面に胡坐をかき、掌で頭をさすりつつ磐梯山に癒しを求めてしまう。
まさか副長があらわれるなんて……。こんなに朝はやく、しかもこんな場所に……。
もしかして、副長はオールをしたのか?今日の道場での俊春との決闘、もとい、稽古をするのを期待して、チートなアイテムでも製造していたのであろうか。
「副長、暴力反対!パワハラ、虐待、いじめ撲滅!職場の環境の改善を強く強く要求します」
俊春と並んで立って磐梯山をみつめるイケメンの横顔に、心のなかで叫びをあげてみた。
って、めっちゃにらまれた。
「もしかして、副長も素振りですか?おれもなんですよ。じゃぁ、いっしょにやりませんか?」
いまここに宇宙船がやってきて、どっかの星のエイリアンが地球攻略を開始するようなことはあっても、副長が早起きして素振りをすることはぜったいにない。
それをわかっているのに誘ってみた。
「おうっ!主計、おまえが誘ってくれるのをまっていたんだ。気合が入りまくっているからな。千は軽く振れそうだ」
え?
「すみません。よくわかりませんでした」
『オッケー、グーグル。おれのパンツの色は何色?』
って尋ねたときのグーグルさんみたいにききかえしてしまった。
「ぽち。すまぬが、的が動かぬようにしてくれぬか?」
「承知」
え?ええ?えええ?
副長の謎命令がでた刹那、俊春の姿が消えた。って、認識するよりもはやく、羽交い絞めにされている。
「さあてと」
副長は、俊春に羽交い絞めにされているおれのまえに立った。それから、まだ二度か三度くらいしか抜いていないんじゃないかって勢いの「兼定」を、鞘から抜きはなつ。
なんとなんと、超絶クセありありの構えをとるではないか。
「ちょっ……。どういうおつもりですか、副長。まさか、おれを的にして素振りを?ってか、それって素振りっていうよりかは試し斬りですよね?ってか、その構えから振りかぶっても、刃を傷つけるだけでうまく斬れませんよ。ってか、おれってなに指導してるんですかね?」
マジな表情の副長をみつつ、関西人の悲しい性質はとどまるところをしらない。
自分自身に、つぎからつぎへとツッコむ自分が草すぎる。
「副長。ご心配にはおよびませぬ。いかなる角度から振りおろされようとも、見事このぽちが的を両断できるよう、的そのものを調整いたします。それが、副長の犬であるわたしにあたえられし務めでございます」
「はあああ?ちょっ、的を動かしてたら、的の意味がないでしょう、ぽち?ってか、そもそも素振りは、ひたすら木刀や竹刀や刀を振るんです。もしくは、示現流みたいに立木に向かってやるんです。だから、これは試し斬りです。ぽち、おれのうしろからどいてください。副長のお粗末な剣だったら、とんでもないところにとんでもないあたり方をするはずです。斬れずにあたるんです。打ちどころが悪かったら、めっちゃ痛いはずです。ってか、このコント、いつになったらおわるんですか?」
頸をうしろにまわすことすらできない。じたばたともがくも、俊春の膂力に勝てるわけもない。
せめて頭部を振ってやろうとした瞬間である。眉間に切っ先が迫っていた。
それこそ、眉間まで紙一重の位置で、切っ先が停止しているではないか。
「副長?」
いつの間にか、副長が間を詰め、「兼定」を突いてきていたのである。しかも、眉間というピンポイントにヒットする紙一重で突きをとめるなど、そうそうできることではない。
「すこしだけ本気をだした。どうだ?これがおれの腕前の一部だ」
「……」
マジか?あの土方歳三が?こんな芸当ができるのか?
驚きで声もでない。
そのとき、おれを羽交い絞めにしている俊春がふっと笑ったような気配が、うなじにあった。
「さすがは副長。大変失礼いたしました。このぽちの手助けなど、まったく必要ありませんでしたな。これだけの腕前をおもちでいらっしゃるのですから」
それから、やけにおおげさに称讃しはじめた。
「であろう?ざっとこんなもんよ」
副長は、鼻高々の様子である。ムダに『おれ様はすごい』感をだしまくりつつ、「兼定」を納刀する。
イケメンが、めっちゃドヤ顔になっている。
「誠に紙一重のところで剣先をとめるなどとは……。まさしく剣聖の業」
俊春はムダにヨイショしまくっている。
「くるしゅうないぞ、ぽち。なんなら、教えてやってもいいのだがな」
「はっ!ぜひに」
やっと解放された。というのも、俊春はおれを解放するなり地に片膝をついて控えたからである。
なんだって、剣聖?
いくらなんでも盛りすぎだろう、俊春?
「はっはは!」
副長は、有頂天になっている。
副長ってば、意外に単純で木に登りやすいんだ。




