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会津侯からのお言葉

『ゆめ、子どもらが鍛錬以外にこれを遣うことのないよう、近藤に伝えてほしい』


 黒谷で子どもたちに刀料をいただいた際、会津侯はそのような言葉を添えてくれた。


 心やさしい会津侯は、子どもらが一丁前に刀を欲しがることを理解されている。しかし、それを所持するのと人間ひとを斬るのとでは次元がちがう。


 子どもらには、他人ひとを斬らせたくない。そんな危険な目にあわせたくはない。


 あのときの会津侯の想いは、誠のものであった。


 白虎隊は、会津侯の発案ではないのかもしれない。いや、かなりの確率で会津侯のものではないだろう。


 会津侯は、いわば旗印である。実際の指揮系統は、家老などが握っている。

 家老などから「このように決まりました。ゴーサインをだしてください」といわれ、いわれるままに許可をだすだけである。


 これはなにも会津侯だけにかぎったことではない。どこの藩の藩主もそうだし、将軍や帝であっても同様である。


 会津侯は、白虎隊の子どもたちが銃や刀を握って戦場に立つことをどう思っていらっしゃるのか。

 この状況で戦場に立つのは、大人同様いさぎよく散れと強制しているようなものである。


 会津藩は、それだけ厳しい状況なのである。藩全体が切羽詰まっていて苦しいのだ。


 頭ではわかっているものの、心情こころはそうもいかない。


 やはり、あんな子どもたちが人間ひとを殺ったり傷つけたりしたり、あの子たち自身が危険にさらされたりということを想像すると、身につまされる思いである。



 宿に戻ってから夜まで、そんなふうに悶々とすごしてしまった。


 夕飯もおわって暗くなった時分ころ、俊春がもどってきた。尾形と尾関をともなっている。


 俊春が会津侯に謁見した後二人に会い、とりあえず新撰組にもどることにしたという。


 俊春は、領内の各所をみてきた。斎藤や安富、沢と三番組の隊士たちにも会ってきたという。


 斎藤は、いますぐにでも七日町にきたがったらしい。が、かれはいま白河城下ちかくに布陣しているらしく、勝手に持ち場をはなれるわけにはいかぬという。


 それ以外にも、俊春は各地の状況をつぶさにみ、それを要領よく伝えてくれた。しかも、「Google map」もびっくりなほど精緻な手書きの地図を作成している。


 俊春自身の語り口調のうまさもあいまって、各地の様子がに浮かぶように把握できた。


 ひとしきり伝えおえた後、かれは面を伏せて伝えた。


「会津中将より言伝でございます」


 それから、姿勢をただして副長をみつめて言葉をつむぎだす。


「近藤のことは、心より哀悼の意を表する。誠の武士さむらいを喪ってしまったことは、わたしの力がいたらなかったためでもある。近藤のすべてであると申しても過言ではない新撰組のことは、できうるかぎり援助を惜しまぬ」


 さすがは俊春である。一瞬、会津侯がいるのかと錯覚するほど声真似がうまい。


 それをきいている副長の表情かおも、俊春にたいしてというよりかは本物の会津侯に謁見するときのようにマジになっている。


 島田、蟻通、中島、尾関、尾形もそのお悔やみを静かにきいている。


「いまのは、表向きじゃ」


 なんと、会津侯からの言伝はまだあるらしい。


「人払いをしたゆえ、いまからわたしの本音を申す」


 全員が、その会津侯の本音とやらに興味津々である。どの視線も、「はやくいえよ」って感じで鋭くなっている。


 おれのそれも同様であろう。


「それにしても、うまいな」


 俊春が口をひらきかけたそのタイミングで、思わずつぶやいてしまった。


 緊張をすこしでもやわらげたかったからである。


「主計、いらぬこといってんじゃねぇっ。せっかく、集中してきいていたというのに」

「副長のおっしゃるとおりだ。それに、ぽちたまの真似のうまさは、いまにはじまったことではなかろう」


 副長につづき、中島がツッコんできた


「主計、先夜の副長の「主計を半死半生の目にあわせて磐梯山に捨てたい」というのは、ただの副長個人の願いかと思っておったが、いまのでわたしも同様の願いを抱きはじめてしまった」

「ちょっとまったー!あまりにもマジなので、もうすこし気をラクにしなきゃと気をきかせたんですよ。だって、心にヨユーがなければ、会津侯のありがたいお言葉もすんなり心に入ってこないでしょう?ってか、中島先生のおっしゃることはわかりますが、蟻通先生、いくらなんでもひどすぎやしませんか?副長は、そんなこといっさいおっしゃってなかった。それどころか、心の片隅に浮かべすらしていませんよ。ねぇ、副長?」


 蟻通の誹謗中傷に、かれをにらみつけてから副長に共感してもらいたいって気持ちをこめてウインクしてみた。


「ぽち、やれ」

「承知」

「うわわわ、すみません。KYだったことは認めますし、謝罪いたします」


 副長は、おれのウインクにこたえてくれた。もっともそれは、俊春におれを殺れとのむちゃぶりすぎる命令であったが。


 せっかくのおれの好意が、最悪な形で踏みにじられた瞬間である。

 ゆえに、スライディング土下座の勢いで詫びまくった。


 すると、島田が笑いはじめた。尾形や尾関、蟻通に中島も笑いだす。


 副長と俊春も笑っている。


 さすがだ、おれ。


 しかし、笑いをとる手段がどんどん捨て身化していっている気がしてならないのは、きっと気のせいなんだろう。





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