かよわいぽち
それは兎も角、以前、俊冬俊春の最凶、もとい最恐コンビに全身をこすられまくったことがある。
それこそ、韓国垢すりもびっくりなほどたっぷり時間をかけてである。
全身の角質が剥がれ落ちてしまった。その為、おれは眠るどころか、動作の一つをするのも、ってかそれどころか布地が皮膚にあたるのすら、痛みで飛び上がらねばならなかった。
あれは虐待、いいや、拷問である。
もう二度と、あんな痛い思いはごめんである。
「なにをいってやがる。見張るのは、おまえがぽちにおいたをせぬようにだ」
「気持ちがいいぞ。背を流してもらえ」
副長と島田がかぶった。
島田のやさしい言葉は兎も角、副長のはどうよ?っていいたい。
なにゆえ、おれがおいたをするというのだ?
「さぁ、主計」
湯煙のなか、俊春が手拭いを握らぬ方の掌をひらめかせておれを促してきた。
「いえ、ぽち。やはりいいです。自分のことは、自分でできますから」
「人の好意を無にする気か?案ずるな。このまえは、好き者にゃんこがおまえを痛めつけたのだ。わたしは……、やさしくやった」
「なんなんですか、いまの奇妙な間は?だいたいやさしくって、あなたのこすりもたいてい力がこもっていましたよ。あれがやさしくっていうんでしたら、あなたの感覚はどうかしています」
「主計っ!いいかげんにしやがれ。かよわいぽちをいじめるたぁ、とんでもない野郎だ。それに、はやく湯船からでやがれ。おれにつからせろ」
「はぁ?かよわいぽちですって?古今東西どころか、天国地獄、異世界、宇宙、すべてをひっくるめても最強のぽちがかよわいだなんて、草すぎます」
「かよわいだろうが?強いっていうのとかよわいってのは別物なんだよ。ってか、はやくそこをどきやがれ」
副長は、手拭いでおざなりに隠しているアレをちらつかせながら、檜の床に両膝をつき、片方の掌で湯船の湯をばしゃばしゃしはじめた。
まるで子どもだ。
ってか、強いとかよわいが別物だって?意味がわからなさすぎる。
「ちょ、ちょっとやめてください、副長。わかりました。でます。でますから、湯をかけるのをやめてください」
せっかくいい湯でまったりしていたのに……。
これだったら、やっぱり一人っきりでゆっくり入ればよかった。
「ぽち、やれ!」
「承知」
浴槽の縁に片掌をかけた瞬間、副長が低い声で命じた。
いまのは、マジな命令を下すときの声音である。
刹那、いつの間にか俊春が湯船に迫っていて、浴槽の縁をつかむおれの掌をむんずとつかんだ。かれは、いとも簡単におれを湯船からひきずりだしてしまう。
「あーれーっ!ご無体な。お代官様、おやめください」
時代劇で悪徳代官に帯をひっぱられ、くるくるまわる気の毒な女性のごとく、か細い声で抵抗してみた。
もちろん、いまのはウケ狙いである。
しかし、残念ながらここにそんな昔ながらの時代劇をみた人はいない。ゆえに、この捨て身のギャグがわかるわけもない。
って残念に思っている間に、俊春はおれを檜の床にうつ伏せにし、背中にのってきた。
かれの片膝が、ぐいぐいと腰のあたりをおさえまくってくる。
「ぽちは、まことにかよわいな」
「たしかにそうですな。かよわすぎて、護ってやりたくなります」
湯船のほうから、副長と島田の謎トークがきこえてくる。
「ぽちはかよわい。ゆえに、主計の貧弱な背を流すのにも一苦労だ」
そして、俊春の謎つぶやきがおれの背に落っこちる。
「ぎゃーーーーーっ!」
この夜中、おれはオーソドックスな体位では眠れなかった。
つまり、うつ伏せ寝するしかなかったわけである。
ど、どこがかよわいんだ?
やはり、全宇宙的観点でも最強、いや、最凶、もとい最恐じゃないか!
しばらくは、投宿できる。
宿の女将やスタッフには申し訳ないが、のんびりすごさせてもらっている。
おれたちが到着した翌朝、俊春はさっそく探りにでてしまった。
昼すぎ、市村と田村が相棒といっしょにでてきてもいいか、といってきた。
「兼定が散歩にいきたいってねだっている」
と市村がいうのだ。
つまり、相棒をだしにし、市村も田村も遊びにいきたいわけだ。
大人とちがい、子どもらはじっとしているということが我慢ならないのであろう。
それこそ、現代のようにNET環境が整っていたり、驚くほどリアルなゲームがあったりすれば、それらに没頭できるのであろうが。
「とってもいいところがあるんだ」
「そうそう。すっごく景色がいいんだよ」
二人は、いく気満々である。すでに市村の掌に、相棒の綱が握られている。
これでダメだしなんてできるわけもなく……。
「なにをしているんだ?」
とそこへ、イケメンがあらわれた。宿屋の廊下を、まるでランウエイのごとくムダに恰好をつけてあるいてくる。
「副長、二人が相棒と遊びに……」
「ちがうよ。兼定が散歩にいきたいって……」
おれがいいかけたところに、田村がダメだししてきた。




