主計が尻をくっつけたい人とは
相棒は、まだ眠っていない。
湯を沸かす俊春によりそい、息子と謎トークを愉しんでいるようだ。
おれは、ちいさな庭に置いてある縁台に腰かけてそれを眺めている。
隣には副長が、そのまた隣には島田が腰をかけている。
ってか、このちいさな縁台に、大人が三人も腰をかけているのである。しかも、島田はビックサイズである。物理的におさまるわけがない。
というわけで、おれの尻は縁台から半分はみでてしまっている。
「こんな真夜中に風呂に入るなんて……。女将もいい迷惑ですよね」
だれにともなく、つぶやいてしまっていた。
いまのはただ単純につぶやきたかっただけである。とくに他意はない。
だれにだって、意味もなくつぶやきたくなることってときどきあるのではなかろうか。
おれの場合、いまこのときがそれである。
かさねていうが、つぶやきたいだけである。ここにいるだれかをディスっているのでも嫌味をぶちかましているのでもない。
Twitterでつぶやけない分、みずからの口でつぶやいているだけだ。
とはいえ、Twitterはアカウントはもっていたが、一度もつぶやいたことはなかったのではあるが。
「なんだと?ならば、おまえは入るな。旅塵にまみれ、くさいまんま寝やがれ」
「ええ?せっかくぽちが沸かしてくれているのです。入らなければ申し訳ないでしょう」
半ケツ状態が苦しい。ゆえに、わずかに尻を副長のほうへずらしてみた。
「ならば、だまって入りやがれ。くそっ!主計、なにしやがる?ケツをくっつけてくるんじゃねぇ。くっつける相手を間違うんじゃねぇよ」
「はいいいいい?どういう意味なんです?なにも好きでくっつけているわけではありません。縁台から尻が半分落ちているんです。それに、『くっつける相手を間違うんじゃねぇ』って、その相手は現在募集中です。まだ存在しておりません」
とりあえず、そう返してみた。
「おや?主計は気がおおいのに、それでもまだ足りぬと申すのか?」
副長の向こうから、島田の呑気な声が流れてきた。
声は呑気だが、内容はとんでもない。
「気がおおいって……。おれは、いつも一途です。だれかさんとちがって、この女性と決めたら、ほかの女性などみえなくなるんです」
「ほうほう、そうであろうよ。その野郎が、おおいというだけでな」
「いや、島田先生。なんかいろいろすれちがっていませんか?」
「案ずるな。わたしは、おまえをパーフェクトなまでにロックしている。すれちがいなど、けっしてしておらぬ」
な・・・・・・。
島田よ、めっちゃ現代っ子じゃないか。しかも、使い方がパーフェクトである。
「いたっ!なにをなさるんです、副長。そういうのを、パワハラっていうんですよ。部下の頭を殴るなんて、しかもグーパンチでだなんて。おれのいたところでは、刑事事件になってもおかしくありませんし、訴えられたら負ける事案です」
島田のことを感心していると、副長に頭を殴られてしまった。
「やかましいっ!おまえはいま、どこにいる?新撰組だ。新撰組はな、パワハラが基本の超絶ブラックな職場なんだ。おれがいいっていってるんだ。それを、訴えるっていうんなら、その身をもってけじめをつけてやる」
副長の拳の影が、夜空に向かってひらめく。
って、副長に誤りまくった知識を植え付けているのは、いったいだれだなんだ?
ってか、新撰組は、もともと京都守護職であった会津藩直轄の組織である。
つまり、対テロや犯罪組織に対抗する正義の味方である。
それが、副長にかかったらまるでマフィアだ。
訴えでた被害者に、「てめぇっ、訴えやがって。ぶっ殺してやる」っていっているようなものである。
なんて非常識な……。
さすがは「キングオブ副長」だ。
「副長、湯が沸きました」
絶賛パワハラ展開中に、俊春が縁台までやってきて片膝ついて告げた。その隣には、当然のごとく相棒がお座りしている。
「背を流しますゆえ……」
片膝ついて控える俊春は、神妙につづける。
このシチュエーションは危ない。
厳密には、おれにとって危険なシチュエーションである。
俊冬がいないからとて油断はならない。俊春一人でも、おれをどうにかすることは造作もない。
「すまぬな。ありがたくつかわせてもらおう。ぽち、おまえもともに入ってくれ。これは、命じいてるんだ。その上で、背を流してもらおう」
その上から目線で問答無用的な命令に、俊春が困惑したような表情になった。口をひらきかけたところに、副長がおおげさなまでにイケメンを左右に振る。
「犬だからとか人間でないからとかいう、いいわけはきかぬ。なんなら、兼定もはいりゃいい」
とんでもないことをいいだした。
って、自分の名がでた途端、相棒が音もなく遠ざかった。
なんてこった。お座りの姿勢から、まるで俊春のごとく数メートルの距離を飛びすさったのだ。
ああ、犬界の「キングオブ副長」である相棒は、唯一風呂、というかシャンプーが大っ嫌いなのである。
現代にいた時分から、シャンプーのときだけ「レトリバー系」だったらなってつくづく実感していた。




