犬は家にあげちゃダメ
仰天する、なんてものではない。
おれの心の底からの驚きを受け、しれっと応じたのは市村である。
「そうか。鉄と銀も、兼定と会話ができるようになったのだな。これからは、四人で仲良しトークができるというわけだ」
「って、そんなわけないでしょう、ぽちっ!ってか、そこじゃないでしょう?」
「うううううううううっ!」
ボケまくってる俊春にツッコんだ瞬間、相棒がさらなるうなり声を発した。
「いや、それ以前に、鉄、銀。相棒を上げちゃだめじゃないかっ」
「だって、兼定が。ねぇ、てっちゃん?」
「そうだよ。兼定がきたがったんだ。ぽち先生の側にいたがっているんだ。主計さん、意地悪いわないでよ」
ツッコミどころが満載すぎる。
こんなところ、宿の人にみつかったら大変だ。
「ぽち。お願いですから、三人を外に連れていってください」
「自身は神か仏かと思いこんでおる勘違いにゃんこは、おぬしに惚れておるのだ。ゆえに、それとこれとは別だというわけだ」
「はいいい?」
「さっきのおぬしの問いにたいする答えだ。それはさておき、兼定様にはピーとプーをすませていただかねば。まさか、ここでというわけにはゆくまい?」
「あたりまえでしょうっ!」
「やめやがれ、主計っ!宿中に響き渡るような声をはりあげるんじゃねぇっ」
「そ、そんなぁ……。副長、いまのおききになられましたよね?どこの世界に、室内で故意に犬にピーとプーをさせる馬鹿がいるんです?」
「眼前におるではないか、主計」
俊春が華奢な胸をはりつつ宣言してのけた。しかも、まだあるようだ。
「副長、おききになられましたよね?どこの世界に、面と向かっていたいけな小犬を馬鹿野郎呼ばわりする大人がいるんです?」
おれの声真似で副長に訴える俊春。
「ううううううううっ!」
それに連動し、相棒がうなりまくっている。
やはりだめだ。この親子に勝てるわけがない。
がっくりと両掌を畳についてしまった。
敗北感がぱねぇ。
嬉々として部屋からで、市村と田村と父親と廊下を去ってゆく俊春の笑い声をききながら、いったい、なんの話をしていたんだったか?ってなってしまったおれであった。
すでにみんな眠っている。
迷惑この上ないことは重々承知なのだが、風呂に入ることにした。
相棒の土足厳禁破りの騒動から、結局散歩にいった。それから、副長と島田と蟻通と中島と俊春とおれとで、これからのことをおおまかに打ち合わせをした。
会津からは、つぎの出陣命令がでるまでこの宿で待機するようにいわれているらしい。
結局、体と精神を休めることに専念することになった。
それがベストな過ごし方であろう。
戦は、身も心もすり減らしてしまう。それこそ、過剰に負荷、つまりストレスがかかってしまう。自覚があろうとなかろうと、こればかりは目にみえたり測定できるものではない。
そういうストレス度を測るアプリやテストもないこの時代、鬱々悶々としつつ耐え忍び、気がついたらプッツンきていたとか、壊れてしまっていたってことも充分かんがえられる。
できうるかぎり、リフレッシュすべきであろう。
が、俊春は探りにゆくという。敵の動向だけではない。味方のそれも。それから、可能であれば、会津侯にも謁見してきたいとも。もちろん、副長の名代としてである。
人一倍働き者の上に、人一倍できる男は、万事にそつがない。
もはやいろんな意味ですごすぎて、褒め言葉もみつからない。
副長がどれだけ休むよういいつけても、かれはムダに頑固なところがある。かたくなにいくといってきかない。
最後には、副長が苦笑とともにおれた。
もっとも、今夜だけは休むという条件付きである。
その打ち合わせがおわったのが、マイ懐中時計で深夜一時をまわったころである。
副長が、風呂に入りたいなんてわがままをいいだしたのである。
もちろん、宿の入浴可能時間はおわっている。朝風呂があるのかどうかはしらないが、兎に角いまはもうおわっている。
仕方なしに、めっちゃ嫌な客であると自覚しつつ、宿の女将に風呂を貸してくれと頼んでみた。
非常識きわまりないが、叩き起こしたのである。
こんなファックな客のわがままにも、女将は内心では「げっ、マジかよ」って思っていても、ひきつった笑顔で応じてくれた。すぐに沸かしますと言ってくれるのを、俊春が自分ができるからとそこは断った。
ゆえに、文字どおり風呂を貸してもらったわけである。
蟻通と中島は入ったらしいので、副長と島田とおれとでよばれることにする。蟻通と中島は、こっそりゲットしておいた酒をひっかけ、このまま寝るという。
かれらとわかれ、おれたちは手拭いと宿のレンタル着物を掌に、風呂場にいってみた。
 




