尋問
「勘弁してくだせぇよ、旦那・・・」
助蔵とつるんでいたという目明しは、最初から話しをしようとしなかった。
藤吾という名の目明しは、斜視の瞳をあらぬ方向へ向け、とおざかろうとあとずさりする。
相棒が、おれの足許でじっとその動きを追っている。
藤吾もそれに気がついたのか、動きを止める。
「おれは、助蔵のことなどなにもしりませんよ」
藤吾はそういうが、わかっている。
なにかをしっている、と。
小六に藤吾を紹介してもらっただけである。まだなにもきいちゃいない。
なのに、藤吾は自分でしらしめた。
同心たちを中心に、助蔵の死体を取り囲んでわいわいやっている。現場検証のつもりなのであろうが、とくに遺体を検めるでもなく、ただ囲んでみ下ろし、話しをしているだけである。
魚市場で、今年最初にあがったマグロの競りでもおこなっているかのようにみえる。
おれたちは、そこから20mほどはなれた低木の茂みに藤吾を連れていった。
「藤吾さん、あの斬り合いの後始末のとき、あなたと助蔵さんもいらっしゃいましたよね?」
「ああ・・・。どうだったか・・・」
藤吾は、斜視を泳がせ口ごもる。
根は正直なようである。嘘をつくのがこれほど下手糞な人間も、めずらしい。
「おれは、覚えていますよ。あなたの腰の十手が印象的だったので」
とりわけ友好的な笑みを浮かべる。
目明しは、合法的に雇われているわけではない。非正規職員、といった存在だろうか。
十手は、与力や同心がもつ。
だが、かれらは時代劇のようにこれみよがしに腰にさしているわけではない。身分がばれてしまうからである。たいていは、懐に忍ばせている。
実際、そこにいる同心たちも、外見上はもっているようにはみえない。
が、目明しでも、自分でつくってもっている者はいる。藤吾もその一人らしい。
「ああ、ああ、いましたよ。いま思いだした」
藤吾は、慌てていい直す。
素直だと思う。そして、だまされやすいし、かけひきというものをまったくしらない。
よくもまぁ目明しなどしていられるものだ、とある意味感心してしまう。
藤吾と助蔵があの斬り合いに出張ってきていたことなど、しるわけない。
十手のことは、この茂みまであるいてくるときに気がついた。
「落ちていた刀の鞘を拾ったの、あなたでしょう?」
単刀直入に尋ねる。
こういう手合いを落とすのに、時間をかける必要はない。
「違う違う」
藤吾は慌て、ぶんぶんと音がするほど激しく頭を左右に振る。
「おれじゃない。助蔵です。あんなもの拾っても仕方ない、っていったんですが・・・。助蔵は、原田の旦那が抜き身を掌に戻ってゆくのをみていたらしく、屯所にもっていったら礼をもらえるかもしれないって・・・」
ビンゴッ!さらにたたみかける。
「だが、屯所にはこなかった。だったら、助蔵さんは鞘をどうしたんでしょう?あなた自身がいったとおり、鞘だけでは、質屋にうってもびた一文にもなりやしない」
「その夜、おれらは鞘を番所に置いて呑みにいきました。呑みながら、明日は屯所にいってみよう、と話をしていたんです。そうしたら、衝立の向こうで呑んでいた旦那らが、衝立をどかして声をかけてきました」
いったん口を開いたら、すらすらべらべらでてくるでてくる。
「ほー」とか「へー」とかおおげさに相槌をうち、かれが機嫌よく話すよう促すことに徹する。
「あの日の斬り合いのことや、拾った鞘のことをききたい、と。今宵の呑み代はもってやろうとおっしゃるんで、助蔵は話しをしました。すると、酔狂にもその旦那が鞘を買いたいと・・・。おれは、止めたほうがいいといってやりましたが、礼をはずむといわれりゃ、助蔵はおれのいうことなんぞきいちゃくれません」
「その旦那、というのはだれのことなんです、小六さん?」
藤吾の話をききながら、とんでもないことを思いだした。
原田の刀の鞘、についてである。
歴史上でも有名な暗殺現場からそれが発見されたことで、犯人説のなかに原田自身、というよりかは新撰組がかかわったとされている。
もっとも、その説はかなり希薄である。そのあまりにも有名な犯行は、現代においてもいまだ犯人がわかっていない、謎の事件とされている。
「佐々木の旦那、ですよ。見廻組の・・・」
藤吾は、期待を裏切らなかった。
その名と組織は、最有力容疑者、というよりかは実行犯として、現代では有名な話である。