みなは悲しむにきまっている
「副長。お二人は、告げてはくれませんでした。ゆえに、わたしはあなたが告げてくれるかと期待していたのです」
俊春は、副長としっかり視線をあわせていう。それは、めずらしく責めているといってもいいほどのきつい口調である。
「われらの罪は、どう取り繕うとも謝罪しようとも、償いきれるものではございません」
「罪?」
俊春は、つづける。
その言葉に、蟻通と中島がたがいに相貌を見合わせている。
「たとえ副長にお許しいただこうと、われらが副長をはじめ新撰組の方々を裏切ったことは事実でございます」
「まだかようなことを思っているのか?」
副長の眉間に皺がよった。
イケメンは、怒っているというよりかは悲し気にゆがんでいる。
「告げてもよかったんだ」
そのとき、蟻通がぽつりといった。
「全員に告げるかどうか、登と二人で迷ったのだ」
「ああ。だが、告げぬことにした。なにゆえか?」
蟻通、それから中島は、俊春をひたと見据えている。
「告げれば、みな悲しむ。ゆえに、告げぬことにした。否、告げることができなかった」
中島の自問自答に、俊春は視線をそらしてそれを畳に落とした。
「土方さんも、同様の気持ちで告げなかったのだ」
蟻通が引き継ぐ。
「二人の申すとおりだ。よんだのであろう?ぽち、視線をあげろ」
副長は自分の膝をおおげさにたたき、聴覚を失っている俊春の注意をひく。
「みな、おまえら二人の悲しみを想い、胸を痛める。とくに餓鬼どもがしってみろ。おれたちでは掌に負えぬほど、胸を痛めちまうにきまっている。斎藤と才助には告げるつもりだ。俊太郎と雅次郎も、場合によっては告げるかもしれねぇ。が、それ以外の者に告げるのは気がすすまねぇ。餓鬼どもだけじゃねぇ。全員が、おまえら二人の心を慮って悲しむ。それがわかっているからな。ゆえに、おれは勘吾と登に告げるかどうか迷っていたんだ。ぽち、おまえ自身が告げなきゃ、おそらく、おれはこいつらにも斎藤らにも告げなかったかもしれねぇ」
つまり、みなが悲しむのは、俊冬が局長の頸を討ったという行為にたいしてではない。そうせざるをえず、泣く泣くおこなったかれらの心の傷にたいし、悲しみを抱くというわけだ。
俊春は、視線を上げたがふたたびそれを畳の上に落としている。
「自己顕示欲と自己犠牲の精神が旺盛で、しかも恰好つけしいのにゃんこは……」
ちょっ……。
俊春は、畳に視線を落としたままでかぎりなくちいさな声できりだした。
そっとまえをうかがうと、蟻通も中島も驚きの表情になっている。
「わたしを新撰組のみなさまの好奇の視線にさらさせ、さまざまな思惑に対処させ、自身は外からこっそり援護するつもりでございました。じつにおいしいとこどりの役回りでございます」
「あ、ああ」
そのカミングアウトに、さすがの副長もそれしか返せない。
ってか、副長もここはいらぬことはいわぬほうがいい、と判断したにちがいない。
「副長をはじめ、みなさま方のお気持ちは誠にうれしきものでございます。なれど、きまぐれで自分勝手で弟を便利な道具としかみておらぬ外道には、いっそ弾劾する勢いで迫っていただきとうございます」
俊春の兄を貶める系のボキャブラリーのじつに豊富なことよ。
もう一度こっそりまえをうかがうと、蟻通も中島も口をぽかんとひらけたまま視線を俊春から副長へとうつしている。
まるで助けを求めるかのように。
「あ、ああ、ああ。そうだな、ぽち。だが、たまもそれでは立つ瀬がなかろう」
副長のイケメンに、めずらしく一粒の汗が浮かんでいる。蟻通と中島の視線を受け、わかっているというように、指を立ててそれを振る。
「兎に角、気にするなということだ。そうであろう?ぽち、副長がお困りだ。それから、勘吾と登も当惑しておる」
みるにみかね、きくにききかね、島田が助け舟をだした。
さすがは気配り上手の島田である。
そして、素直な俊春はこくりとうなずく。
「よかった。これで、たまもフツーにもどってこれますよね。願わくば、おれをいじるのはひかえてくれるぐらいにはなっていてもらいたいですが」
ホッとした拍子に、つい本音がぽろりとこぼれ落ちてしまった。
とはいえ、こぼれ落ちようが落ちまいが、おれの本音はだだもれしているのであるが。
「それとこれとは別の話だ」
「はい?なんですって、ぽち?」
「おぬし、やはりわたしをなめておろう?」
「またですか、ぽち?だから、あなたのおっしゃることは、おれの常識の範疇をこえまくっているんで……」
「うううううううううっ!」
「なんなんです、ぽち?犬みたいにうならないでくださいよ。まったくもうっ」
「わたしではない」
「はい?おわっ!なんで?相棒がここにいるんだよ」
「だって、兼定が異常がないかみまわりたいっていうから」
なんと、相棒が廊下で四つ脚踏ん張り、おれをにらみつけてうなっている。
左右に、市村と田村を連れて。
それはまるで、王侯貴族、あるいは帝や宮中の貴人が、僕を従えているように堂々たる姿であった。




