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馬フェチ野郎と根まわし

 才助とは、安富才助やすとみさいすけのことである。

 大坪流馬術の遣い手で、新撰組では馬術師範を務めている。


 かれは、痩せていて背もさほど高くない。いかにも騎手ってタイプである。しかもたいそうな馬フェチで、かれの馬にかける情熱は、正直ひいてしまう。

 

 かれは自分で、三度の飯より馬の方が好きだと公言している。


 かれもまた、斎藤同様副長がさきに会津にゆかせたのである。会津の馬術方が戦死したかなにかで、急遽それにかわる人間ひとが必要になったのである。

 かれに白羽の矢が立つのは、当然のことといえば当然なのかもしれない。


 そのかれが、いまは斎藤ら三番組と行動をともにしている。

 そのしらせをきいて、安心したのは副長だけではない。おれもである。


「才助は馬術だけでなく、兵法もたしょうかじっているからな。とはいえ、かっちゃんから借りた軍記物をよみ、興味をもって自身でいろいろ学んだって程度であるが」

「へー。安富先生は、てっきり馬オンリー、もとい、馬一筋かと思っていました」


 おれが笑いながらいうと、イケメンに苦笑が浮かぶ。


「馬が一番にきまってるだろうが。馬の世話の合間にやっているんだよ。だいたい、所用を頼もうとしても、「「豊玉」がそわそわしているから無理」だの、「「宗匠」がさみしそうにしているからほかをあたってください」だの、馬を理由にことわられてばかりだった。そもそもだれもおらず、才助しかいねぇから頼んでいるっていうのにな」


 副長はさらに苦笑する。


 さすがは馬フェチ。「鬼の副長」のめいを足蹴にするとは、大物すぎてジワる。


「わたしもたいがい身勝手であるが、才助には負けるな」

「ほう……、勘吾。おぬし、わがままだと自覚があるのだな」

「あるとも。が、わたしも才助も、それを申せるだけの働きはしている。ゆえに、たとえ局長や副長であろうと、文句は申せぬってわけだ」


 中島のツッコミに、蟻通はしれっと応じる。


 たしかにそうである。蟻通にしろ安富にしろ、仕事はきっちりやっている。しかも、完璧なまでの仕事っぷりである。


『たとえ局長や副長であろうと、だれにも文句は申せぬ』


 おっしゃるとおりすぎる。


「いや、たしかにそうだ」


 中島がまたツッコもうとしたところに、副長が割り込んだ。


「勘吾も才助もかわっちゃいるが、それぞれの分野での腕は一流以上のものがある。かっちゃんもおれも、それにたいしては文句はねぇ。ゆえに、敬意をはらっているってわけだ。それは兎も角、勘吾、登、それからぽち、おまえらこそ下手な演技だな」


 副長は、さらにさらに苦笑する。実際、声をだして笑いだした。


「ちっ……。バレたか」


 バツの悪そうな表情かおになったのは、蟻通と中島、それから俊春である。


「おれをなめるなよ。「鬼の副長」だぞ。よまずとも、おまえらが仕組んだことだってことくらい、すぐにわかる。だが……」


 副長は、三人に視線を向け、順番にそれを合わせてゆく。


「気を遣わせちまったな。礼をいう」


 どういうこと?副長は、なににたいして礼をいっているんだ?三人は、いったいなにをしたと?


 おれだけでなく、島田も当惑している。それに気がついた蟻通が、いまのやりとりについて語ってくれた。


 先行した俊春は、新撰組が投宿している宿屋を発見しただけではなかった。実際、接触していたのだ。とはいえ、蟻通と中島だけである。


 俊春は自分たちの動向を伝え、蟻通たちの動向それをきいた。


 それから、再会したときの入念な打ち合わせをした。


 つまり、副長にとっても隊士たちにとってもうまく事が運ぶよう、三人で根まわしをし、おさまるよう計画を立てたのだという。


 俊春は、副長が新撰組の解散宣言をするところまでよんでいた。


 ゆえに、蟻通と中島が事前にまとめあげたのだ。


 しかし、副長もそうと気がついたというわけだ。


 なるほど。たしかに、うまくいきすぎている感もあった気がする。


 隊士たちには、もう間もなく副長に再会できそうだということと、局長の斬首は間違いないというところまでは伝えたという。


 もしかすると、新撰組は解散するかもしれない、ということも。


「副長。こちらこそお気遣いいただき、痛み入ります」


 おれの横で、俊春が頭を下げた。


「蟻通先生と中島先生には、話をいたしました。そして、隊士の方々にも、われらがしでかしたことをお伝えいただくよう、お願いしたのです」


 俊春が、副長に頭を下げたまま告げる。


 俊冬が、局長の頸を討ったことであろう。


「馬鹿なことを……」


 さすがの副長も、それには不意打ちを喰らったようだ。

 おれも同様である。


 とくに告げる必要はない。すくなくとも、いまは。

 そもそも、だれが頸を討ったかということなど問題ではない。どうしても言及するのなら、だれが討たせたか、ということだ。


 たとえ本物の横倉喜三次よこくらきそうじが頸を討ったとしても、だれが横倉をみつけだし、仇を討とうとかんがえて実行にうつすだろうか。


 こたえは、だれもするわけない、である。


 俊冬も俊春も、あれだけ殴られまくったにもかかわらず、まだうしろめたい気持ちになっているというのか。



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