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斬首を告げる

 夕食は、飯に煮物に汁物に漬物というオーソドックスな献立である。

 しかし、あたたかくてうまい。

 

 島田と野村は、おかわりを連発しつつ味わっている。副長とおれも、それぞれのペースで堪能した。


 そして、夕食がおわったタイミングで、俊春がやってきた。


 相棒には、宿の料理人がぶっかけ飯を準備してくれたという。


 そういう俊春自身はどうしたのか、と尋ねるのは愚問にちがいない。


 異世界転生で仙人をやっていたかれである。どうせ霞を喰っているのであろうから。


 二部屋の間の障子をひらければ、おおよそ三十畳にはなる。そこに、全員があつまった。


 おそらく副長は、このタイミングで局長のことを告げるつもりなのであろう。


「勘吾、登。どこまでしっている?」


 いままで近藤局長が座していた上座に、いまはあたらしい局長である副長が座している。


 そうなのである。これからは、副長のことは局長と呼ばなければならないのだ。

 ってか、とっくの昔にそう呼ばなければならないんだった。


 土方局長は、上座から斜めまえに並んで胡坐をかいている蟻通と中島に尋ねた。すると、二人は一瞬たがいの相貌かおを見合わせた。


 おれは、その二人の様子を向かい側からみている。おれの左隣には島田が、右隣には俊春が、それぞれいる。野村は、中島の隣で胡坐をかいている。


 ほかの隊士と子どもたちは、おれたちをはさんで副長、ではなく土方局長の向かい側に居並び座っている。


 ついさきほどまでわいわいとうるさかったのに、いまはしんとしずまりかえっている。

 それこそ、気味が悪いほどである。


 室内に三台の燭台があるが、そこから灯芯の燃える音すらしない。

 時代劇でよくある「ジジジ」、というあの音である。


「会津から使いがきた。ただ『局長が斬首された』とだけ告げられただけで、詳細はわからない。迷ったのだが、その夜みなに告げた。どうせ、噂がどこかからか流れてくるであろう。不安に苛まれるより、はっきり告げた方がいいと判断したのだ」


 蟻通が告げた。

 

 さすがは蟻通と中島である。いい判断である。

 しかし、そうするにはいったいどれだけの勇気を必要としたことであろう。


 隊士たちの間から嗚咽が流れてきた。そっとみると、一番まえに正座している市村と田村は、眠いのと泣きたいのを我慢しているようだ。どちらも相貌かおがくしゃくしゃになっている。


「斎藤は?」

「まだ直接会ってはいない。だが、居場所はわかっている。新撰組として、大活躍しているときいている」


 土方局長は、斎藤のことが気になっているのだ。

 なにせ斎藤は、副長にとって懐刀的存在なのである。


 五兵衛新田に隠れていたとき、土方局長は斎藤に会津にさきにゆくよう命じた。そのとき、土方局長はじつにつらそうだった。自分で決断したとはいえ、斎藤を手放すのはなによりつらいことだったにちがいない。

 

 これはあくまでも推測であるが、斎藤に近藤局長の斬首をみせたくないという親心もあったのかもしれない。


「そうか……。雅次郎まさじろう俊太郎しゅんたろうはどうした?」

「二人には、隊士三名と白河へ出張ってもらっている。そこに、会津侯がいらっしゃるらしいのでな」


 尾関雅次郎おぜきまさじろうは、大和国の高取出身である。監察方をつとめている。めっちゃイケメンで、その容姿をかわれたのであろう、新撰組の旗役を任されている。

 

 そして、尾形俊太郎おがたしゅんたろうは、肥後の出身の監察兼文学師範である。めっちゃ頭のきれる男である。近藤局長の信任も厚い。


 その二人は、どうやら白河へいっているらしい。


 副長は、その二人の安否にもほっとしたようだ。


 それから、だまりこんでしまった。


 副長は、ムダに口をとざしている。イケメンは、おれのうしろにある窓の方へと向けられている。

 

 この部屋は、おれたちが到着した際に子どもたちをはじめ、みながおれたちをみおろしさわいでいた部屋のようである。


 また沈黙がおとずれた。ついさっきまで流れていた嗚咽ですら、いまはやんでいる。


 だれかがなにかしらのきっかけをつくってほしい。そうでないと、土方局長もいいだしにくいにちがいない。


 おれだったら、とてもではないが無理である。


 政治家などの記者会見のごとく、やつぎばやに質問をぶつけてもらいたい。それに淡々とこたえてゆく方が、すこしは気がらくかもしれない。


 もしもこたえたくない問いが飛んできた場合は、スルーするか「秘書にきいてください」っていえばいいのである。


「みな、すまない」


 どれほどのときが経ったのであろうか。ようやく土方局長が口をひらいた。

 その視線は、みなをみまわしている。


 その謝罪に、だれの相貌かおにもはっとしたものが浮かんだ。

 おれ自身の相貌それに浮かんでいるのと同様に……。


「すでにきいているであろう。近藤局長は、板橋で斬首された。武士として切腹すらさせてもらえなかった。それなのに、局長は最期まで毅然とし、新撰組の局長として立派に散った」


 土方局長の低音のささやき声は、内容に反して耳に心地いい。


 またみなをみまわしてみる。ほとんどの者が、視線を伏せている。


 いまの土方局長の言葉を、だれもが咀嚼しているのだ。みな、あらためてつきつけられた真実に向き合おうと必死になっている。


「なにゆえ斬首なのですか?」

「そうです。なにゆえ斬首されねばならなかったのですか?」


 そう詰問したのは、市村と田村である。大人たちとちがい、二人は視線を伏せてはいない。それどころか、土方局長をめっちゃにらんでいる。


 子どもらには子どもらなりの想いやかんがえがあるらしい。


「正直なところ、おれにも真実はわからねぇ」


 副長は、その子どもらのまっすぐな視線をしっかりと受け止め、真剣に応じた。


 土方局長は、「おれにも理由はわからねぇ」というべきところを「真実」と表現をした。

 おそらくは意図的に、である。


 近藤局長の斬首に、理由など必要なかった。なぜなら、理由などいくらでもこじつけられるからだ。


 斬首がみせしめのためだったのか、あるいは復讐だったのか。その両方だった可能性もある。


 もしかすると、また別な大人な事情によるものだったのかもしれない。


 いずれにせよ、誠のことはおれたちにわかるはずもない。



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