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フラペチーノと検視

 京阪祇園四条駅の駅まえあたり。


 某有名コーヒーチェーン店で期間限定のフラペチーノを購入しては、鴨川縁をぼーっとあるいたものである。


 甘い物は、好みではない。

 コーヒーはブラック派で、入れてもミルクを少量垂らすくらいである。


 だが、そこにいってレジで順番をまっていると、女子高生やらOLやらがそれを注文している。それをうしろからみていると、ついついつられて購入してしまう。


 注文し、しばらくしてフラペチーノを受け取る。ときには気恥ずかしい思いもする。いい若い男が、女性のように甘い飲み物を受け取りにいくのだ。


「いつもありがとうございます」「お仕事がんばってください」


 受け取ったプラスチック製のカップに記された一言。もちろん、店員のすべてではない。だが、そういう一言はうれしいものである。


 もちろん、若い女の子からだから、という意味ではない。その一言にこめられた思い、あるいは配慮にたいしてである。


 うん、手渡してくれたのが、たとえおばあちゃんであったとしても、あるいは、相貌かおに傷のはしった強面のおっさんであったとしても、それはそれでうれしいと思う。たぶん・・・。


 それがふと、懐かしくなる。


 最後のほうには、胸をムカムカさせながらいただくフラペチーノ。真冬の寒さに震えながら、あるいは、あたたかい店内でスマホをいじりながら・・・。


 誠に懐かしい。


「旦那、あれでさ」


 フラペチーノに想いをはせていて、小六に袂をひっぱられるまで呼ばれていることに気がつかなかった。


 枯れつつある草を踏みしだき、土手の上から川原におりる。


 川原に引き上げられた水死体の周囲に、番所の目明しらが群がっている。数名の同心らも。


 同心らは、迷惑そうな表情かおを隠すことなく、こちらをみる。


「新選組の相馬です。うちに関係のあることかもしれませんので」


 筋は、通さねばならない。同心たちに、挨拶する。


「ふんっ、壬生浪か?これは・・・」


 同心の一人が、水死体を顎で示す。


「不逞浪士ではない。目明しだ。壬生浪のでるまくじゃないな」


「片岡様・・・」


 小六が、その同心の耳になにやら囁く。

 すると、同心は舌打ちする。


「火にあたたまってくる。その間だけ、時間ときをやろう」


 そう吐き捨て同僚をうながすと、すこしさきに焚かれた篝火のほうへと去ってゆく。


「小六さん、恩にきます。いったい、なんと申されたのです?」


 初老の目明しは腰をかがめ、胡麻塩頭を指でかく。


「同心どもは・・・」


 小声でいうと、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「博奕で、することがおおございまして。それを、原田さんが仲介してくれたことが幾度かありやした。旦那が、原田さんの名代だっていっただけでございます」


 苦笑してしまう。


 いまの説明からすると、原田も博奕をしていることになるのではないか?

 同時に、この初老の目明しの機転に感謝する。


 ときはない。水死体を拝むと、さっそく検める。


「名は、助蔵すけぞう。最後に会ったのは、十日ほどまえだったでしょうか・・・」


 小六の話をききながら、検めてゆく。


 助蔵の頭部の損傷は、ほとんどみられない。着物は胸元が大きくはだけているだけで、破けたりちぎれたり、ということはない。死斑もまた、みられない。


 これは・・・。どうやら、水死体に期待はできそうにない。


 頭部以外の損傷も、みられない。


 死んだのは、最長でも最後に目撃された十日以内ということになる。


 魚などにまったくつつかれていないとなると、それよりもまだ日が浅い可能性が高い・・・。


 くそっ!もっと検視の勉強をしておくべきだった。一応、鑑識課に属するものの、あたる任務がまったく違うことから、警官としての一般的な知識しかもちあわせていない。


 さらに検める。

 事件か、事故か。事件なら、溺死させられたのか、死後に投げ込まれたのか・・・。


 そして、笑ってしまった。

 指先に気がついた。手足すべての爪が、すべてなくなっている。


 頸も、検め直してみる。みえにくいが、細い紐のような跡がある。


 ほかに損傷がほとんどないのにもかかわらず、爪だけなくなっているというのは不自然である。


 拷問、もしくは折檻のあとに、紐のようなもので扼殺され、そののちに鴨川に放り込まれた・・・。


 そうではないか、と思う。


 やはり、もっと検視を学んでおくべきであった。

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