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永倉と別れて……

「副長は、なにもあなたのことをおっしゃっているわけじゃありません。それに、いまのは比喩表現です。ってか、そもそも反省しているフリをしてだましうちをするなんて、人間ひと的にどうよって世界でしょう?」

「主計、やかましいっ!それがおれだ。おれっていう人間ひとなんだ。たとえだれであっても、とやかくいわれる筋合いはねぇ。それ以前に、いわせねぇっ!」



 さすがは「キング・オブ・副長」である。


「あはははっ!副長、グッジョブ」


 おれがひきまくっているというのに、お調子者の野村が謎ヨイショをしている。


 胡椒爆弾をまともに喰らった永倉の身にもなってみろっていうんだ。


 そうだ。かんじんの永倉のことを忘れていた。


「永倉先生、大丈夫ですか?」


 慌ててかれにちかづいた。かれはまだくしゃみと咳を繰り返し、鼻水と涙を垂れ流しまくっている。


「さあ、これを飲んでください」


 宿を出発する際、宿の女将おかみが清水の入った竹筒を手渡してくれた。途中、二、三口呑んでみた。

「サーモ〇」の抜群の保冷保温力をもつ水筒ではないので、ぬるくはなっていたが、口当たりはすっごくマイルドでおいしかった。


 その竹筒を永倉にさしだしつつ、「間接キッス?」なーんて、小学生みたいににやけてしまった。


 小学生の時分ころ、こうして水筒や給食の牛乳を女子と共有しようとすると、ソッコー「間接キッス」とからかわれたものである。


 それがいまや、あの永倉新八と「間接キッス」をしようとしているのだ。


 正直、ビミョーな気がぱねぇが。


 永倉は、おれとの「間接キッス」を拒否るわけでもなく、ゴクゴクと喉を鳴らしながら清水を呑んだ。それでやっと、落ち着いたようである。


「や、やりやがったな、土方さん」


 かれは、ぜーぜーと荒い息をつきながら副長を非難する。


「おいおい、「がむしん」よ。おれはただ、いつなんどきでも油断するなって忠告してやっただけだ」


 あれだけひどいことをしておいて、しれっとうそぶく副長がすごすぎる。


「ふふん。新八、口惜しかったらやり返しにこい。おまえらしくない。とらわれすぎるんじゃねぇ。おまえはおまえの生きたいように生きれゃいい。主計のいたところに伝わっている道からそれたからって、それがそのままこの世のおわりになるわけじゃねぇ。ささいなことだと思わねぇか?靖兵隊に残している三人を託しといてなんだがな。それもいっそのこと、三人まとめて連れてきてもいい。あとは、どうにでもなる。いますぐでなくってもいい。しばらくかんがえろ。それからでもおそくはない」

「土方さん……」


 永倉は、鼻をすすりあげた。それは、さきほどの胡椒爆弾の残滓によるものではないのかもしれない。


「さあっ、ゆくぞ。七、八里は進みたいからな。新八、またな」


 副長は、永倉の懐をおびやかすとその肩をぽんとたたいた。それから、横をすり抜け、さっさと街道のほうへとあるきだした。


「スィーヤッ!」


 その副長につづき、現代っ子バイリンガルの野村が、「またね」ってネイティブみたいに永倉に片掌をあげてみせ、副長を追いかける。


「組長、まっていますよ」


 さらに、島田も。


「いまの副長には、あなたが必要なのです。おれやぽちたまでは役不足です。またの再会を楽しみにしています」


 うつむいている永倉に、声をかけた。それから、思いきって背を向けて駆けだした。


 振り返らぬよう努力をしつつ、ただただ副長と島田と野村の背だけをみつめ、追いかける。


 くそっ!その三人の背も、あふれる涙でよくみえない。


 気がつくと、俊春が肩をならべていた。その間には、相棒が四本の脚を動かしている。


 俊春もまた、ただまえをみつめている。


 街道にでたところで副長たちに追いついた。そこでやっと、脚をとめて振り返ってみた。


 木しかみえない。永倉の姿は、もうみることができなかった。



 だれもが口をひらくことなく、会津へと向かって脚を動かしつづけた。


 道中、さしてトラブルもなく、旅がつづいた。俊春がつねに斥候にで、周囲の状況をつかんでくれた。


 そして、永倉と別れてから三日目の夜、ついに会津の城下七日町というところにいたった。


 俊春が、新撰組の仲間たちがそこにある「清水屋しみずや」という宿屋に投宿していることをつかんできた。


 そのままその宿屋に向かった。会津にいたるまでに、全員がちゃんとした軍服に着替えた。

 

 副長と島田が着ていた長州藩の軍服は、きれいさっぱり燃やしてしまった。


 宿屋にちかづくにつれ、心臓が高鳴ってくる。

 みんなと別れてから、おおよそ二十日程度だろうか。ずいぶんと長期間会っていないような気がする。


 みんな、おれのことを覚えていてくれているだろうか。再会したら、よくもどってきたとよろこんでくれるだろうか。


 そんな緊張感に苛まれつつ、まえをゆく副長と島田が話をしている背をみつめている。


「あー、超だるい。宿屋の風呂は温泉かな?」


 そうつぶやいたのは、肩を並べる野村である。


 なにを呑気なことをいってんだ、こいつ?


 それが、正直な気持ちである。





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