副長の力のつかいどころ
「おれのことが好きすぎてたまらないっていってたんだろうが」
「いや、それは主計だけだし」
おれ以外が声をそろえ、断言する。
「ちがいますってば。いつもいってますよね?好きっていうのは、そういう好きじゃないんですってば」
ちからいっぱい怒鳴り、いつもどおり主張してみる
「新八、おれのことは案ずるな。靖兵隊に残している三人のことをどうにかしたら、おまえはおまえ自身のことだけかんがえろ」
そんなおれの熱き主張はスルーし、副長はマジな表情で、さらに声のトーンを落として永倉にいう。
「主計の話だと、おまえの道はまだまださきがある。ゆえに、おまえはつねにさきをみろ。振り返るな。わき目をそらすな」
「土方さん……」
「もしもいまここで、おれが『おれはぜったいに死なねぇ、死ぬつもりはねぇ』って宣言をし、おまえが安心するのならいくらでも宣言でも約定でもしてやる。だが、安心などできやしねぇだろう?ゆえに、ごまかしたりはぐらかしたりはしねぇ。無論、約定もな」
「あんたらしいよ」
永倉は納得したわけではない。が、これ以上議論してもムダであることも重々わかっている。
かれが矛をおさめるしかない。
「さぁっ、もどるぞ」
いろんな意味でモヤモヤが残っているおれたちにお構いなしに、副長は背を向けあるきだしてしまった。
ついてゆくしかない。
ぞろぞろとあるきだした。
「それにしても土方さん、あいかわらずムダに勘が冴えるな。それを、剣術にいかせばいいんだ。そうすれば、ぽちたまと互角とまではゆかずとも、斬り結ぶくらいはできるだろうよ」
永倉が、先頭をとっととあゆむ副長の背に嫌味を投げつけた。
永倉と肩を並べる島田、おれと肩を並べる俊春がふきだした。
相棒も、俊春とおれとの間で「ケンケ〇」笑いをしている。
「そうですよね。永倉先生のおっしゃるとおりです。あきらか、力のつかいどころを間違っていますよね」
「主計、シャラップ!」
副長が、振り返ることなく叫んできた。
ってか、『シャラップ』などとよくご存じでいらっしゃる。
これもまた、副長にいらぬことをささやく二人の容疑者のどちらかの仕業にちがいない。
それに、おれだけ叱られるってどうよ?っていいたい。
「ところで副長、利三郎はどうしたのです?」
やさしい島田は、どうでもいい野村の様子をたずねている。
おれ個人としては、正直なところ野村がどうなろうとしったこっちゃない。
「利三郎様は、一番風呂を堪能されておる」
副長は、振り返ることなく嫌味をぶちかました。
上司である副長よりもさきに一番風呂にはいるとは、ド厚かましいにもほどがある。それ以前に、社会人としてどうよ?って声を大にしていいたい。
「あいつ、副長をさしおいてとんでもないやつですよね?」
ここぞとばかりに、俺はライバルをあげつらう。
ってか、野村はライバルってわけではないが。
「いいんじゃないのか?あいつはこのさき死ぬことになってるんだし、それまでに好きなことさせてやればよいではないか」
永倉は、おれのほうへ相貌を向け、ごつい肩をすくめる。
野村は、宮古湾の海戦で死ぬ予定になっている。永倉はそのことをいっているのだ。
しかも、そんなことありえないってことを前提に、わざと嫌味をいっている。
本来なら、ジョークにしては洒落にならない内容である。
「ああ。新八の申すとおりだ。みじかい生命だ。存分にやりたいようにやらせりゃいい」
そして、副長まで野村を「死んでいい人認定」している。
島田と俊春、それからおれもプッとふいてしまった。
「利三郎なら、好き勝手しまくりまくった上に、宮古湾以降でもしれっと好き勝手しまくりつづけるはずです」
「主計の申すとおり。このなかで、利三郎ほど『死』が似合わぬ者はおりますまい」
おれがいうと、島田がつづける。さらには、俊春まで。
「わたしも、これまであまたの人間を殺ってきましたが、利三郎を仕留める自信はございません」
かれは、苦笑とともに華奢な肩をすくめる。
おいおい、野村よ。おまえ、どんだけ死ななさそうな男なんだ。
『ゴールデ〇・カムイ』の「不死身の杉〇」ではないが、「不死身の野村」っていってもいいかもしれない。
「まっ、あいつはあいつでテキトーにやってるし、あいつのお蔭で助かってることもあるかもしれねぇ、か?兎に角、利三郎と主計。このコンビっつーのか?この二人は、置いていても邪魔にはなっても益にはならぬだろうよ」
「ちょっ……。副長、いまの日本語、間違ってませんか?」
置いてて邪魔になるし益にならないのじゃ、有害物質、有害獣とおなじことじゃないか。
しかも、おれってば野村とコンビにされてるし。
「まっ気にすんな、主計」
いや、気にするでしょう、副長。
いじられキャラのおれは、またしてもため息をつくのだった。
深夜、まともな布団で深い眠りについていたが、なにかの拍子に目が覚めた。
俊春はもともといないが、布団の一つがからっぽになっているのに気がついた。
永倉が寝ているはずの布団だ。厠にでもいっているのだろうか……。
しばらくの間がんばって起きていたが、いつの間にか意識を失っていた。
朝、その永倉に起こされるまで、夢一つみなかった。
そして朝食後、今市宿に向けて出発した。




