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副長がやってきた!

「兄は、いったんこうと決めたことは曲げませぬ。その邪魔をする者は、たとえ弟であろうと仲間であろうと容赦はいたしませぬ。なにより、恰好つけしいでございます。それ以上に、自己犠牲に酔いしれるのが大好きという変人でございます」


 またしても、俊春は兄をあげつらいまくる。


「逆にお尋ねいたします。副長と兄俊冬、どちらが大切でしょうか?どちらかが死なねばならぬのなら、どちらが死ぬべきでしょうか」


 俊春の問いに、だれも答えられない。


 当然である。俊春は、それをわかっていながら尋ねたのである。


 かれはつづける。


「どちらが生き残るべきかは、問うまでもありますまい」


 かれは、そういってから口を閉ざした。


 永倉に密接されながら、毅然とした態度を貫いている。その表情かおに、いっさいの怯えはない。


『どちらが大切でしょうか?どちらが生き残るべきかは問うまでもない』


 そもそも、そんな比較や結論をくだすことじたい馬鹿げている。


「俊春、おまえ……」


 怒りというよりかは、悲しさのほうが勝っている。永倉の俊春の肩をつかむ片方の掌が、襟元をつかんだ。


「副長の気配です」


 そのとき、俊春が小声で告げた。かれの鼻が察知したらしい。その脚許では、相棒が宿のある方向を向いており、耳と鼻をひくつかせている。


 ややあって、闇から切り取られたような黒い影があらわれた。


「土方さん……」

「副長」


 副長である。野村はいない。


 副長は、おれたちがでてきたときのまま軍服のシャツ姿である。軍服の上着は、肩にかけている。


 ふう……ん。


 どこのモデルか?っていいたくなるほどキマリすぎている。

 

 永倉は、すでに俊春からはなれている。俊春も、永倉につかまれた襟元をさりげなく整えている。


 相棒が副長にちかづき、尻尾を盛大に振りはじめた。


 それはまるで、さっきまで起こっていたことをごまかすかのようである。


「兼定……」


 副長は相棒をみおろし、頭をなでつつおれたちへと視線をはしらせる。


「副長、風呂に入ったんじゃ……」

「主計、おまえはおれのお袋か?おれがいつ風呂に入ろうが、かまわねぇだろうが」

「はははははっ!おれが副長の母上だったら、いつまでも婿にいかない副長のことを呆れかえっていると思いますよ」


 関西人としては、ジョークにジョークで返さねば人間ひととして失格である。


「ほう……。ハアーッ!」


 握り拳に息をふきかける副長。


 やばっ!拳固が飛んでくる。


「土方さん、気になってやってきたのであろう?あんた、あいかわらず、あーなんだっけかな?」

「自意識過剰っていうんです、永倉先生」


 わが身の危険をかえりみず、永倉に助け舟をだしてやった。

 おれって、なんてやさしいんだ。


「ごんっ!」


 刹那、いっきに間を詰めてきた副長に、頭に思いっきり拳固を喰らってしまった。しかも、副長は自分の声で効果音までつけてくれた。


「なんだ、おまえら?そろってぽちをいじめているのか」


 副長は拳固をふりふり、さらにおれたちをみまわす。


「まさか、主計じゃあるまいに。おれたちがぽちをいじめるとでも?なぁ、魁?」

「え、ええ。ぽちをいじめるのは、主計だけです。われわれは、主計をとめようとしていただけです。のう、兼定?」


 永倉から島田へ、島田から相棒へ、責任転嫁されてゆく。


『そのとおり。主計のぽちいじめは、ひどすぎてファックだ』


 尻尾をふるのをやめてお座りしている相棒が、副長をみあげて主張する。


 って、そんなわけはない。相棒の代弁者にして息子の俊春が、あることないことアフレコしたのである。


 ってか、みんなひどくね?


「枯れ木に花を咲かすよう、お願いしていただけですよ」


 もうこうなったらやけくそだ。もとい、おれが見事、みなの盾となって副長を防ぎきろう。


「ああああ?おまえ、ぽちを殺って焼こうとでもいうのか?」


 ああ、うれしや。副長がのってきてくれた。


 そういえば、「花咲か爺さん」ってそんなストーリーだったっけ。


 よくよくかんがえたら、隣の爺さんにぶち殺されたぽちを焼き、その灰をまくって、なんかミステリーチックのホラー展開ですごくないか?しかも、花が咲くなんて、ファンタジー要素もたっぷりだ。


 いや、まてよ。たしか「花咲か爺さん」の犬って、ぽちではなくシロだったんじゃなかったか?


 まっ、どっちでもいいか。

 シロだろうがぽちだろうが、死んで焼かれるわけはないし、ましてやいまのおれの状況を、有利にかえてくれるわけではないのだから。


「まさか。生きたまま焼くことだってむずかしいのに、ましてや殺ることなんてできないですよ」


 副長がのってきてくれたので、当然のごとくのり返した。


「この野郎っ!」


 おれはマナーにそっただけなのに、またしても拳固を喰らった。

 これはぜったい、脳に悪い。天才が馬鹿になったらどうしてくれるっていうんだ。


 いや、それ以前にパワハラすぎる。


「この嘘つきどもめ」


 不意に、副長が声のトーンを落とした。


「おれのことを恰好いいだとかイケてる(・・・・)とか、利巧すぎるとか強すぎるとか、ほめちぎっていたんだろうが」

「いや、それはないない」


 副長の戯言に、全員で声をそろえて否定した。







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