土左衛門
鴨川に、土左衛門があがった。
もちろん、それも新撰組には関係のないことである。
問題は、その土左衛門の素性である。
新撰組にというよりかは、原田個人にかかわりがあったかもしれない。
きき込みから、消え失せた原田の刀の鞘の行方をしっていそうな人物を、特定できそうであった。
あのあとすぐに番屋にいき、そこにたむろしている目明しらに尋ねた。
このとき、最初から全員を疑い、きき込みをおこなった。
一人一人、声音の抑揚、顔の表情、しぐさ、ささいなことまで一つ残らず、もらさず探りを入れた。
かれらのような調査のセミプロであっても、怯まなかったし容赦もしなかった。
これぞまさしく監察、である。
現代においても、監察は存在する。エリートで組織されているそれは、警察内部を、つまり、仲間、いや、家族を調べ上げる。
それがうまく機能しているのかどうかは、おれたちのような現場の人間にはよくわからない。
なぜなら、おれの親父やおれ自身には、機能したとは思えないからである。
いや、きっとある程度の不祥事は暴き、それ相応の対処はしているのであろう。
そういった監察の連中のことを、うざいと思っている警官もおおい。うしろぐらかろうとそうでなかろうと、内部調査官という存在は煙たがられるし、嫌われているに違いない。
それは兎も角、番所にいた目明しらと話をしたかぎりでは、疑わしい者、しっていそうな者は一人としていなかった。
結局、目明しの一人が拾った、ということだけを土産に屯所へ戻った。
土左衛門が上がったのは、その翌朝はやくである。
その被害者が、おれが訪れたときに番所にいなかった目明しだった。
土左衛門のことをしらせてくれたのは、番所にいた目明しの一人で、原田が懇意にしている目明しである。
新撰組も、単独で行動しているわけではない。お上の警察機関である奉行所と、ある程度の関係は築いている。
とくに目明しらは、情報を得たり、なにかあったときのつかいばしりとして、よくつかうのだと、山崎も話していた。
たしかに、なにかあった際の後始末や尻拭い、情報の収集や横流しなど、目明しがいてくれてこそ、である。
まだ夜も明けきらぬ早朝、小六という名の目明しの案内で、鴨川に向かった。
もちろん、相棒を連れて、である。