永倉の懸念と髭面
その永倉の相貌は、昔の剣豪みたいに無精髭におおわれている。このまんまの姿を漫画家に描いてもらえば、すっげー剣士の一代記ができあがるかもしれない。
「だが、やはりやめておいたほうがいいだろう。おおっと、なにも自身の生命がほしくていってるんじゃないぞ。さっきの主計の話だと、おれはこのさきたいして人間を殺らず、傷つけることはないのであろう?」
永倉と芳賀は、援軍を求めて奔走することになる。そこで多少戦に参加することはあっても、蝦夷にゆくよりかは活躍の場はすくなくなる。
永倉の懸念は、すぐに察することができた。
永倉が史実にしたがわなかったら、死なずにすむだれかを殺してしまうことになる。そうなると、そのだれかの子孫もいなくなってしまう。
もちろん、永倉自身もである。ゆくはずのない蝦夷にゆくことによって、死ぬはずのないかれが死んでしまうかもしれない。
そうなると、かれの子孫は……。
かれ自身の問題だけではない。
かれは、自分の願いと後世とを天秤にかけ、葛藤している。そして、結論を導きだしたのだ。
どれだけいっしょにいきたいだろう。どれだけともにすごしたいだろう。
副長や島田、新撰組の仲間たちと、どれだけ苦楽をともにしたいだろう……。
自分が涙を流していることに、気がついていなかった。
永倉に右の目尻を拭われるまで……。
「なにゆえ泣く?」
「だってそうでしょう?あなたは、はなれたくない。だけど、おれが史実を伝えたばかりに、はなれざるをえないのですから」
永倉が拭ってくれた側とは反対側の目尻を、自分の指先で拭いつつ訴えた。
このことは、以前から永倉に「気にするな」ときつく注意されていることである。それを、蒸し返しているにすぎない。
案の定、永倉の眉間に皺がよった。
かれの髭面は、昔の大剣豪っぽくはあっても、それがそのまま男の魅力につながっているわけではない。
つまり、残念ながら似合っているってわけではないということである。
たとえば、「オダギリジ〇ー」とか「山〇孝之」とか、うんざりするほど髭の似合う日本人がいる。
そういえば、副長の髭面をみたことがない。もしかすると、朝剃ったら夕方にはうっすらとはえているのかもしれない。しかし、それも目立っていないからみたことにはならないだろう。
きっと、現代の髭の似合う俳優たち同様、最高に似合うにちがいない。
それは兎も角、永倉のそれは、昔の剣豪同様ただのきたならしい無精髭にしか思えない。
「主計、この野郎。せっかくじーんときてたのに、おれを馬鹿にしやがって」
途端に、ヘッドロックをかまされた。
こんなときまで、おれの内心はだだもれしている。
「す、すみません。そんなつもりはないんです。おれだって、マジで悲しかったんです。それをまぎらわせようと、つい髭のことを……。あ、全然イケてないってわけじゃないですよ。以前にもいったかもしれませんが、永倉先生は歳をとってからのほうが髭はよく似合うんです。って、イダダダダ。永倉先生、ギブ、ギブアップ」
不意に、頸から永倉のぶっとくて筋肉質の腕がはなれた。
「永倉先生?」
頸を掌でさすりつつ、体勢を立て直した。
まったくもう、プロレスラー並みの膂力だ。
あっいや、プロレスラーにヘッドロックをかまされたことはないが、きっとこんなにすごいんだろうな、という意味である。
「くそっ!主計をいじったりいびったり愚弄したり蔑んだりするのも、今宵が最後か」
ちょっ……。
いくらなんでも、そこまでおれっていう人間に、ひどい仕打ちをしなくっても。
かわいそすぎるぞ、おれ。
これはもう、永倉ではなくおれが「ざまぁ」要素満載で新撰組から追放され、薩摩の力をかりて日本統一を果たすべきなのではないだろうか。
『タイムスリップした上に新撰組から追放されたSランクハンドラーが剣一本で成り上がって日本の騒乱をおさめてしまう~おまえ、いらないっていいましたよね?もどってこい?いまさらいってもおそすぎますよ、副長~』
異世界追放物の小説のごとく、おれはハンドラーと居合のスキルで大活躍するんだ。
はっと気がつくと、相棒もふくめた全員がしらーっとした表情でおれをみている。
「異世界とは、どういうものなのかな?」
ややあって、好奇心旺盛な永遠の少年たる島田がきいてきた。
「ぽちとたまがいたところですよ」
ぶっきらぼうにこたえると、俊春の眉間に皺がよった。
「わたしたちは、異世界というところにいたのか?」
「あなたたちは、いろんなスキルをもってますからね。おれからしてみれば、異世界からの逆転生としか思いようがないんです」
「異世界というところは、あの世か?」
あの世……。
まぁたしかに、天国とか極楽は広義ではあてはまるかも。
「ぽち、現実世界からはなれた空想上の世界の話です。気にしないでください」
まずい。これ以上、こんなどうでもいい話題がつづけば、おれはまた俊春にたいしてツッコんだり声を荒げてしまうかもしれない。
そうなったら、またしても相棒に牙をむかれてしまう。
 




