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試衛館の食事情

 でっ結局、この旅籠にチェックインしてからいままで、ずっと呑まず喰わずの状態である。

 

 すぐちかくにコンビニがあるわけではない。それどころか、飲食物をうっていそうな、あるいは喰わしてくれたり呑ませてくれそうな店もなさそうである。


 ゆえに、おれたちはただまつしかない。


 そして、マイ懐中時計が二十一時をまわったころ、やっと食事にありつけそうな気配があった。


 つまり、階下から「喰うんなら取りにこいや、ゴラァ!」的なアナウンスがあったのだ。


 いそいそととりにいったのは、副長をのぞく四人である。そしてまた、いそいそと部屋へと戻った。


 相棒は、おれの分で半分こすればいい。とてもではないが、犬の分まで準備してくれそうな気配ではないからである。


「土方さん、まだ試衛館にいた時分ころのことを覚えているか?道端に生えてる雑草を、無理矢理喰える草だっつってごまかされて、煮たり焼いたりしてしょっちゅう喰わされたよな」


 膳をまえに、永倉がいった。超絶マックスに腹が減っているのにもかかわらず、まだだれも箸すら手にしていない。

 その箸も、あきらかにだれかがつかったまんま(・・・)のリサイクル、っていうよりかは使いまわしにしかみえない。


「ああ。最初の時分ころ、胃の腑の弱い平助などはすぐにゲーゲー吐いたりくだしたりしてたもんだ。もっとも、京に上る時分ころには、いかなる雑草や花でも喰えるようになってたよな」


 おそるべし試衛館の食事情……。


 それがエディブルフラワーでないかぎり、超絶サバイバル的な食生活だ。


「ぽちたまの料理と比較するつもりは毛頭ないが、これはシットだ」

「あははは!永倉先生、ドンピシャすぎて草ですね」


 正直、膳の上にのっている食物みたいなものは、永倉のいうとおり「くそ」みたいだ。つくってくれた人にはたいへん申し訳ないが、これは人類が食せるものではなさそうだ。それをいうなら、相棒やその他の動物にも喰わせたくない代物である。


「さすがに、これはちょっと……」


 この時代に大食い選手権なるものがあったら、ぜったいに永倉と一位二位を競うであろう島田まで、膳の上をにらみつつ口惜しそうにしている。


「喰えるところか呑み屋はないでしょうか?夜鳴き蕎麦はきていないでしょうか」


 哀れっぽく訴える島田。

 みな、おなじ気持ちである。


 腹が減りすぎて頭がまわらない。そして、口をひらく気力もない。

 

 男五人、途方に暮れるの図……。


 相棒も腹をすかせているだろう。通りすがりの人が恵んでくれたとしても、ぜったいに口にしない。本来なら、相棒はおれかおれが頼んだ人間ひとがあたえるものしか口にしないのだ。


 双子、さらには副長などは別格である。


 そんなことを、頭のなかのどっか遠いところでかんがえてしまっている。


 そのときである。


「おまたせいたしました」


 一陣の風とともに、窓になにかが落ちてきた。


「ひいいっ!」

「ひええっ!」

「うわっ!」

「ほえええっ!」

「……!」


 それぞれがそれぞれの表現で驚いた。

 ちなみに、おれなどは驚きすぎて声もでない。


「ぽぽぽぽちっ!驚かせるんじゃねえよ」

「なにゆえ、窓から?」


 そんな突拍子もない奇襲攻撃をするのは、俊春しかいない。

 ってか、二階の窓にあらわれるなんて荒業、かれしかできない。


 くそっ!ぜったいにウケ狙いにちがない。


 かれは、掌にもっている軍靴を窓の桟に置くと、音もたてずに畳の上に着地した。それから、かっこかわいい相貌かおを右に左に傾け、副長と永倉の問い、というよりかは詰問に応じる。


「こちらのほうが、はやくててっとりばやいからです」


 しれっといってから、人懐っこい笑みを浮かべる。


 まるで、いたずらをしたのがみつかった飼い犬が、テヘペロっているみたいだ。

 

 飼い主は、そんな飼い犬がかわいすぎてキュン死するのである。


「仕方がねぇな、ったく」

「ぽちらしいな、まったく」


 そして、副長と永倉は、案の定キュン死した。


「とくに異常はございませんでした。かえりに、本陣によって喰い物を調達いたしました」

「なにいっ!」

「まことか?」

「それをはやく申してくれ」

「ラッキー」

「ぽち、最高っ!」


 俊春のいまの報告の後半部分に反応する欠食大人・・・・五名。


 われさきに俊春に群がった。


「あっ、畳に穴があいた」


 永倉がつぶやいた。


「気にしない気にしない」


 かれは、さらにつぶやく。


 そうだ。そんなこと、だれも気にしない。だいたい、気づきもしないだろう。


 それよりも、喰いもんだ。


 こうして、おれたちは餓死を免れたのであった。


 できた男は、ちゃんと相棒にもやってくれていた。


 でっかい塩むすびと沢庵で腹を満たしたおれたちは、体中をぽりぽりかきつつ、夜を明かした。


 俊春は、いなくなっていた。朝、目が覚めた時分ころ、本陣から朝食のおむすびを運んできてくれた。


 かれは、ちゃんと弁当の分まで準備している。


 パーフェクトな対応は、さすがである。




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