愛する人は大切にするよね
「原田先生がぽちに手をださなかったっていう理由は、いったいなんなのですか?」
副長をもっと槍玉にあげようとしたが、やめておいた。
これ以上つづければ、副長はおれの頭に拳固の嵐を見舞わせるにきまっている。
「それほど大好きなのであろう。それしかかんがえられぬ」
島田がいった。分厚くでっかい掌がしきりに腹をさすっているのは、腹の虫がないているからか?
「なるほど……。愛している女性にたいしては、かえって慎重になるってやつですね」
「そのとおりだ、主計。だれかさんは、言の葉にだしては、「好きな女子には、そうやすやすと手はだせねぇ」っていってるが、実際はちがう。そもそも、「好きな女子」などいやしないんだからな。だれかさんは、女子を好きになるというよりかは、女子に惚れさせることが大好きなんだ」
永倉が、マジな表情で応じた。
なるほど。それで優越感や達成感を味わうってわけだ。でっ、攻略したらつぎの女性ってわけか。
男として最っ低だし、チートすぎる。
「新八っ、いいかげんにしやがれ。おれになんの恨みがあるってんだ?」
「なにを熱くなっているんだ、土方さん。だれも、あんたのことなどと一言も申しておらぬ」
永倉はしれっとこたえつつ口角をあげ、視線をこちらへと移す。
「だが、左之はちがう。あいつは、誠に好きな相手には、まったく手がだせなくなるんだ。野郎であろうと女子であろうとな」
なんか、衝撃すぎて、口をぽかんとあけたまま、ただきいているしかできない。
原田には、以前からBL的疑惑を抱いていた。
やはり、そうだったのだ。ていうよりかは、性別を問わないんだろう。
「はんっ!なにいってやがる。おれだって同様だ。誠に愛してる女子だったら、簡単に手などだせるか」
「副長、さようでしょうとも」
まだ熱くいってる副長に、島田が鷹揚な笑みとともにあわせてる。
大人な対応は、さすがである。
「つまり、原田先生はぽちを誠に愛するがゆえに、手がだせなかったと?」
島田ほど大人でないおれは、とりあえずは副長のことはスルーしてしまった。
それどころか、いまおれの脳内は過去にみたBLコミックや小説の挿絵がうずまいている。
あっちなみにそれは、ただ単にどういうものか、どんな世界なのか、webの投稿サイトなどをのぞいただけである。
「主計、おまえはいつもこういう話になると過剰な反応を示すよな?」
「はい?」
「まぁ、おまえも好き者だからな。仕方がないか」
「ちょっ……。まってください、永倉先生。おれは好き者などではありません。そもそも、副長や八郎さん、ついでにおねぇが好きっていうことじたいが間違っているんです。あなたのことやぽちたま同様に、尊敬しているだけです。重ねて申しますが、好き者ではありません。女性でも男性でも、おれはいまのところ興味がないのです。まぁ、モテたらいいなって気はしなくもないですが、それは女性限定です。すくなくとも、男性にどうのこうのされようって気はありません。ってか、なんでおれが『受け』前提で力説してるんですかね?」
なにいってるんだ、おれ?前半部分は至極当然の内容だが、最後のところはわけがわからない。
そんなおれの焦りのなか、永倉がおれの視線のなかで、ごっつい相貌を右に左に傾けた。
おなじ動作を俊春もするが、かわいさがダンチである。ってか、永倉がやると凝っている肩をほぐしているようにしかみえない。
「ふう……ん。兎に角、左之はぽちを相当好きというわけだ」
そして、おれの熱弁を『ふう……ん』だけでスルーしてしまう永倉。
「ザッツ・トゥー・バッドな風呂ですよ。いや、超ストゥーピッドです」
そのとき、障子の役割を果たしていない障子が悲鳴を上げつつひらかれ、現代っ子バイリンガルの野村が怒鳴った。
みあげると、かれがエラソーにおれたちを睥睨している。
「風呂、入ったら病がうつりそうな勢いです」
かれは、ふんっと鼻を鳴らしつつつづける。
「そうか……」
副長は、めずらしく言葉みじかめに応じただけであった。
結局、話し合いは、なにもかも中途半端におわってしまった。
ちなみに、相棒は超不機嫌そうに枯れ木の下でお座りしていたらしい。
これでおれはまた、相棒にストレスをあたえてしまった。それはイコール評価をさらに下げてしまったことになる。
ってか、どこまで下がるんだろう……。
夜の帳ってやつがおり、ずいぶんと経った気がする。それなのに、夕食が運ばれてくる気配がまったくない。すこしまえに、階下に白湯をもらいにいった。ぬるい白湯を、ひび割れたりかけた湯呑みにいれてくれた。それらを盆らしきものにのせ、「ったく、手間とらせんじゃないよ」的におしつけられたのである。
「おもてなしの心 ジャパン」
古きよき時代、もとい、未来で取り沙汰されるその心は、ここでは異世界の精神らしい。
すごすぎる。なんの液体なのかが判断できない。
薄暗すぎる灯火のなか、みんなで湯呑みのなかをのぞきこむと、ヤバい感がぱねぇ。
だれからともなく、一口もすすらぬまま盆の上に湯呑みを戻した。




