ビミョーなのかBL的なのか?
「組長……」
島田も、そのことに思いいたったらしい。鼻をすすりあげながらつぶやいた。
せっかく再会し、近藤局長のことで悲しんだり憤ったりし、ともに旅をはじめたところで西郷の招待に応じ……。
近藤局長が、再会のチャンスをあたえてくれたも同然である。局長の斬首がなければ、はたして会うチャンスはあったであろうか。
おそらく、会うチャンスはなかったであろう。
かれに局長の斬首のことを告げておいて、ある意味よかったのかもしれない。だまっていたら、永倉は局長の斬首をしらぬまま、いまごろ靖兵隊とともに行動しているのである。
永倉にとって、局長の斬首を目の当たりにしたことがよかったのか悪かったのかは、正直なところ判断がむずかしい。
しかし、自分にいいように解釈しているだけかもしれないが、告げてよかった。
心からそう思っている。
「くそっ、そりゃぁできればおれがどうにかしたい。おそらく、いまおれたちが気がついたことは、左之だって気がついていたであろう。あいつも、ぽちのことを案じながら丹波に向かったにちがいない」
永倉もまた、視線を窓のほうへと向ける。
そこにみえるのは、狭い通りをはさんだ向かいの旅籠である。建物が老朽化してしまっていて息も絶え絶えなのは、こっちの旅籠と大差ないようだ。部屋のなかからでも、窓や壁にところどころ穴があいているのがわかる。それだけでなく、「Tレックス」が二、三頭やってきてひっかいていったようなおおきな爪痕みたいなものもうかがえる。
って、なにあの爪痕?マジでこのあたりには、あんなでっかい傷をつくることのできる恐竜か怪獣でもいるんじゃないのか?
両瞳を細め、思わずガン見してしまった。
「原田先生は、ぽちのことが大好きなようですからな」
永倉の言葉に、島田がうんうんと一人で納得している。
「ああ。左之のぽち好きには、マジひいたわって感じだな」
なんと、副長の現代っ子っぷりが草だ。
って、そこじゃない。
たしかに、原田は俊春にたいしてやさしかった。俊春の耳の不調を知っていたのもかれである。なにかといえば、原田は俊春をかばったりフォローしていた。
先日、例の荒れ寺で別れるまえ、原田に直接尋ねたのだ。
『ぽちにすっごくやさしいんですね』
あまりにもえこ贔屓するので、ちょっぴりやっかんでいたというのもある。
そのとき、原田はおれをからかいつつも、『理由はわからない。なにゆえか気になる』というようなことをいっていた。
原田にとって俊春は、お兄さん的に気になる存在ではないのだろうか。もしかして、BL的な存在だったのか?
だとすれば、俊春ってどんだけ男にモテるんだっていいたい。
いいや……。
あのかっこかわいい相貌である。女性にだってモテそうだ。いいや、ぜったいにモテる。
しかもかれは物腰がやわらかく、おとなしいしやさしい。
同年代や年下ではなく、年上女性がほっておかなさそうではないか?
俊春は、まさしく母性本能をくすぶるってタイプだ。
まぁたしかに、かれは同性のおれからみても、かっこかわいいって感じるし、なにげにかわいすぎてキュン死しそうになるときがある。
おれ自身、そういう気はないはずなのに、感じるのである。
あっいや、副長や伊庭はちがう。尊敬である。めっちゃ尊敬しているし、憧れである。
それ以上の感情はない。
そうだよな、おれ?
兎に角、ノーマルなおれは、俊春をかわいい弟か後輩ってみているんだ。それだったら、このビミョーな感情の説明がつく。
そんなおれの感情は兎も角、セレブだけではない。俊春は、この世の男女にモテモテなのである。
うらやましいなんて、けっして思うものか。
「左之のやつ、よほど気に入ってたんだろうよ。手をださなかったからな」
「それはそうでしょう、永倉先生。たまがにらみをきかせていますからね」
「主計、それはちがうぞ。ああいうことにかけては、土方さんや左之はずる賢い。それに、経験ってことになれば、たまをもしのぐだろう。剣術や戦術の類ならば兎も角、ああいうことならたまをだし抜けるはずだ」
「ちょっとまちやがれ、新八っ!おまえ、おれにたいしてずいぶんとひどい解釈をするじゃねぇか」
そこでやっと、副長も永倉も、窓から視線をおたがいへと向けた。つまり、にらみあいに入った。
「ひどい?ちがうっていうのか?いまおれが申したことを、あんたは堂々と全否定できるのか?」
「……」
永倉の冷静なまでの返しに、なにゆえか胡坐をかく太腿の上に置かれている副長の拳がかたく握りしめられた。
そのイケメンの眉間には、五百円玉を十枚くらいはさめるんじゃないかってほどの皺が刻まれている。
あの皺は、くせになってしまっていてぜったいにとれない系の皺だ。
「でも、永倉先生。副長の経験豊富なところと狡猾なところは別にしても……」
「主計っ!」
副長の太腿の上の拳が振り上げられた。
なにゆえ、おれだけ叱られるんだ?
理不尽この上ない。
 




