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一緒にいたくない理由

「どういう意味なんです?この部屋っていうか、この旅籠がいやってわけじゃないっていうんですか?」

「あのなぁ、主計。おまえ、もうちょっと他人ひとの様子を探った方がいいぞ。だれかさんみたいに、あらさがしばっかするのもどうかって思うが、おまえは人がいいっつーか、やさしいっつーか、あまりにもを背けすぎてるきらいがある」

「ええ?そ、そうでしょうか?おれは自分ではよくみているつもりなんですが……」

「まちやがれ、新八。だれかさんってのは、いったいだれのことなんだ、ええっ?」

「自身でよくわかってるんじゃないか、土方さん。それは兎も角、おなじ屋根の下で眠れないどころか、いっしょにいるのも怖いってんだったら、相当なものだ。まぁ、たまがいないから、余計に怖いんだろうが」

「気の毒なことですな」


 永倉の推測に、島田が同意した。


 そこではじめて、そのことに気がついた。


 俊春のトラウマは、そばにだれかいることすら、具体的には狭い空間で他人ひとがいることにでさえ苦痛になっているんだ、ということに。


「くそったれ。事情がわからねぇからな。おれたちにはどうしようもできねぇ」


 副長のつぶやきである。つぶやいてから、切れ長の双眸を窓のほうへと向ける。


 窓も、かろうじて桟におさまっているという感じである。地震どころか、体格のいい人間ひとが立ったり座ったりするだけで、その振動ではずれて下に落っこちそうだ。木製のそれにも、だれがどうやったのだろう。傷だけでなく、穴が無数にあいてたりしている。


「なんとかならぬのでしょうか?」


 島田も、その副長の視線を追った。


 階下から、飯盛り女たちの呼び込みの声がきこえてくる。街道は旅人がすくなかったが、それでもこうして満室なところをみると、けっこう旅をしている、あるいは江戸から他国へと流れてゆく人もおおいのだろうか。それとも、近隣の好き者たちがやってくるのだろうか。


「自身でやっておいてかようなことを申すのもなんだが、寛永寺での一件、あのときのぽちの怯えたが、どうにも忘れられねぇ。それから、このまえの荒れ寺で新八に殴らせたときのもな」


 副長はおれたちと視線を合わせようとせず、ぽつりとつぶやいた。


「あいつらに責を負わせたくなかった。それしか頭になかった。そのためには、おれたちのだれかが直接制裁を加えるほうが、あいつらもちっとは心の重みが減るかとかんがえたんだ。たまには有効だったが、それがそのままぽちにも通用するかっていうと……。甘かったな。浅慮だった」

「いや、土方さん。あれはあれでよかったんだよ。近藤さんの件に関しちゃ、あいつらのなかでまだ居心地の悪い想いが残っていたとしても、それが直接おれたちから離れる理由にはなるまい。ぽちはこれまで巧妙に隠していたんだ。だれもあそこまでとは想像もできまい」


 意外にも、副長は反省しまくっている。それを慰める永倉自身も、かなり動揺しているようだ。


 例の寛永寺での出来事も、先日の荒れ寺での出来事も、俊春の怯え方は異常なほどであった。永倉がいったように、だれも想像できることではなかった。


 さきほど副長がいったとおりである。過去になにがあったのか、まったくわからない。あくまでも、かれが子ども時分に性的虐待を受けたであろうって推測をしているにすぎない。


 真実は、わからないのである。


 だからこそ、チャンスだと思ったときには、俊春に尋ねようと躍起になっている。が、俊春は、おれのダダもれの意図をよんでいる。これまでチャレンジしたすべてが、巧妙なまでにかわされている。


 しかも、相棒まで邪魔する始末である。こうなったら、おれにはムリっぽい。


 副長や永倉が尋ねれば、かれは素直に打ち明けてくれるのだろうか。


 しかし、個人情報というよりかはかなりデリケートな問題である。いくら上司や先輩といえど、そうやすやすと尋ねられるものではないだろう。


 かといって、このままではおれたちも気まずいし、本人もつらいはずである。


 俊冬がいれば、俊春も心強いにちがいない。それに、もしかすると俊冬なら事情を打ち明けてくれるかもしれない。


 俊春は兄貴の悪口をいいまくっていたが、こちらがひくほどのブラコンであることは間違いない。

 

 本当は、めっちゃ尊敬していて大好きなはずである。おそらく、であるが。


『なんとかできぬのか?』


 島田の問いは、ここにいる全員の想いを代弁したものである。


「なんとかしてやらねばな」

「ああ……。すまないな。おれは、なにもできそうにない」


 副長は、いまだ窓の方へ視線を向けたままである。だが、その声音は心底心配している感がこもりまくっている。

 それに同意し、謝罪する永倉。


 永倉とは、もうすぐわかれることになる。ゆえに、なにもできなぬと詫びたのだ。



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