新撰組はストレス死以前の問題だよね
「おいおい、ぽち……。たまにはゆっくりしたらどうだ」
部屋に通されるなり、ってか、ボーイや仲居さんが荷物を運んでくれるでもない。勝手に自分たちでズカズカと入り込み、テキトーに空いている部屋に入ったのだが、破れまくってプライバシーを尊重するという役割を忘れ去ったような障子をしめるまでもなく、俊春がでてゆこうとするではないか。
「できるだけ周囲の状況を探ってきたく・・・・・・」
副長の勧めに、俊春は頭を軽く下げて神妙に応じる。
「まったく。働きすぎだ。それこそ、ストレスがたまるんじゃねぇのか?」
「副長のおっしゃるとおりですよ。ストレスっていうよりかは、過労死してもおかしくないレベルです」
副長から「主計、おまえも見習ったらどうだ」って嫌味をぶちかまされるまえに、先手をうっておく。
「カロウシ?浪士のことか?」
好奇心旺盛な永遠の少年島田は、あいかわらずである。
「浪士のことじゃありません。働ぎすぎて死んでしまうってことです。おれのいたところでは、そういうことがまれにあるんです」
「あはは!ここじゃ、働きすぎなくっても死んでしまうことが多々あるではないか」
いや、野村よ。たしかにそうだ。働きすぎなほうが、逆に無事にすごせてるってことだ。
たしかにそうだが、それって笑うことなのか?
「兎に角、ぽちもたまにはまったりしてはいかがですか?物見とか鍛錬とかばかりで、寝る暇もないじゃないですか。それどころか、おなじ屋根の下にいることすらないですよね」
「おかしなことを申すのだな、主計。いま、おなじ屋根の下におるではないか」
「屁理屈をいわないでください、ぽちっ!」
怒鳴ってしまってからハッとした。また相棒にうなられてしまう。ってか、すでにみんなに白い眼でみられている。
「ならば主計、おまえがいってこい」
「ええ?そ、そんな理不尽な。おれには要領がわかりません。できませんよ、副長」
「というわけで、この役目はわたしにしかできぬことでございます。副長、どうかごゆるりとなさっていてください。主計、おぬしもごゆるりと」
俊春はそう言葉と一礼を残すと、どさくさにまぎれてでていってしまった。
「ったく。生真面目なのもかんがえものだな。どっかのだれかさんにみせたいものだ」
どっかのだれかさん?それって、おれ以外の人のことですよね、副長?
って心のなかで尋ねていると、永倉が障子をしめながらつぶやいた。
「ぽちは、おれたちといたくないんじゃないのか?」
おれたちといたくない?どういう意味だろうか。
部屋のうちは、ひかえめにいっても汚すぎる。老朽化ってだけではない。いつ掃除したんだろうっていうレベルだけでもない。
ぶっちゃけ、気色悪い。ここで一夜をすごし、横になって眠るのなんてかんがえるとゾッとする。俊春のように、理由をつけてでていったほうが無難かもしれない。
「わたしもそう思いますね」
島田である。両膝を折ると、畳を軽くたたきはじめた。さいわいにも、一つだけある灯火の光源ではまきおこっているであろうダニや埃はみえない。きっとすごいにちがいない。
その灯火も、魚の脂でもつかっているんだろう。めっちゃくさい。鼻がひん曲がりそうだ。犬以上の嗅覚をもつ俊春なら、これもここにいたくない理由の一つに充分なりえるだろう。
島田がたたいたあたりに、とりあえずは胡坐をかいてみた。脳内で、部屋中のダニがいっきにちかづいてくるイメージがわいてきたのを、相貌をふって追い払う。
おれの隣で、野村も胡坐をかきかけたが、中途でとめて立ち上がった。
旅籠の偵察と相棒の様子をみてくるという。いいおえるまでには、いたずら盛りの子ども数名が穴をあけまくったような障子を開けると、でていってしまっている。
子どもらというと、市村と田村は元気にしているだろうか。流山で別れたきりだから、まだ一か月も経っていないが、あまりにも衝撃的な事案が起こりすぎていてだいぶんとながい間会っていないような錯覚に陥ってしまう。
あのいたずらっ子たちにはやく会いたい。
一人っ子で、しかも親戚づきあいがなかったので、正直、子どもは苦手であった。が、いまはちがう。
ってか、かれらは子どもというよりかは、いっしょにつるんでるって気しかしない。ぶっちゃけ、おれもかれら同様子どもってわけだ。
「ぽちは、おれたちとおなじ屋根の下にいるのが怖いんじゃないのか?」
その永倉の言葉に、子どもらの相貌がかき消され、現実にひきもどされた。




