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聞き込み

 結局、無駄だとわかっていてそのあたりを探してまわった。


 道の両脇の民家の住人、ご近所、それから、ちかくの番屋を訪れ、あの日に出張でばってきた目明しらにもたずねてみた。


 だれもかれも、そんなものはみていないという。


 いや・・・。ふと思う。


 原田が鞘を放り投げたのは、間違いない。


 当人のいうとおり、剣士はいつも太刀をぶら下げているので、それがないと逆に気になるであろう。だが、剣士でない者は頓着しない。

 原田も一応は、太刀を帯刀することはある。が、帯びたとしても、それはあくまでも新撰組の勤務時間内のみである。

 はやい話が、勤務時間内の制服警官の拳銃とおなじである。勤務がおわれば、帯びるわけもない。

剣士は違う。勤務時間だろうがプライベートだろうが、つねに帯びている。


 たしかに、戦いの際に左腰に違和感があったり、それが脚にあたったりすれば、邪魔になって仕方がないはずだ。


 思いだした。そうだ、たしかに、原田は鞘を放り投げていた。というよりかは、投げ捨てていた、といったほうがいいかもしれない。


 鞘は、ちいさなものではない。だれもなにもみていない、というのはおかしい。不自然である。

 鞘が一人でどこかにいかないかぎり、だれもみなかった、というのはありえない。

 だれかがみかけたはずだ。

 

 翌日、おれは相棒を連れ、もう一度現場から洗い直すことにした。


「脚を使え」・・・。

 これは、往年の刑事ドラマなどで、古参の刑事でかが若手に伝えることだが、それは正しい。


「兎に角、脚をつかえ。営業とおなじだ。靴底が減るまで、きいてまわれ。犯人ほし被害者がいしゃは、透明人間じゃない。ぜったいに、だれかがどこかでみている。あるいは、声や音をきいている。それと、目と耳をつかえ。相手の表情の一つ一つを、心の声を、見落とすな、きき逃すな」


 まだ新人だったころ、刑事でか長が口癖のようにいっていたことである。

 それはそのまま、おれの親父が刑事でか長にいっていたことらしい。


 その教えに従うことにする。

 

 もう一度、あの現場の周囲の家々、それから、通行人にも尋ねてみた。それこそ、往年の刑事ドラマの定年間際の刑事でかのように、コツコツと。


 きき込み、というものには技術テクニックがある。ただ漠然と、みなかったかと尋ねても、人間ひとの記憶力など、たいしたものではない。よほど印象的であったり、興味のあるものでないかぎり、みていたとしてもすぐに忘れてしまう。というよりかは、一瞬でもインプットされないだろう。


 だから時間をかけ、そのときの情景を、より細かく思い描かせるようにする。


 その一日だけでなく、あの斬り合いのあった時間に合わせ、何日かその場所にいっては通行人に尋ねてみた。


 わりとおおくの目撃者がいた。みな、斬り合いそのものと、相棒のことを覚えていた。斬り合いのあとに通りかかった人もいたので、その人たちにもできるだけ時間をかけ、鞘が落ちていたであろう場所のあたりを詳しく説明した。

 

 三日目、有力な情報を得ることができた。それは、斬り合いがおわり、目明しらが出張でばってきて、おれたちが引き上げる直前に通りかかった親子連れからである。


「わんわん」


 母親の胸に抱かれた一歳くらいであろうか、しきりにちいさな掌を伸ばし、相棒に触れようとしている。


「このあいだの犬ね。よかったわね」

 母親は、わが子をあやしながらうれしそうに声をかけている。


「よく狼に間違われるんですが・・・。こいつが犬だと、よくわかりましたね」


 苦笑しながらいうと、母親もまた、笑みを浮かべた。


「一緒にいた子どもたちが、教えてくれたのです。さわらせてもらって、この子は大喜びです」


 市村たちだ。なるほど、と納得する。


 するともう一人、四歳か五歳くらいの子が、おれの足許でじっと「之定」をみていることに気がついた。


「こっちの子は、刀が好きなものですから。男の子だからでしょうね。松吉、お侍様に無礼ですよ」

「いえいえ・・・。松吉っていうのかい、坊?坊は、このまえ、刀の鞘をみなかったかい?あそこらあたりに落ちていたはずなんだ。なんの拵えもない、これとおなじ色だ」

 腰から「之定」を鞘ごと抜くと、松吉によくみえるよう、両膝を折って眼前にかかげてみせる。


 やんちゃ坊主っぽい顔が、ぱっと明るくなる。


「みました」

 あまりにも即答だったので、逆に面喰らった。


「えっ、マジに?あ、誠に?」

「はい」


 松吉は、神剣にでも触れるかのように、やさしく「之定」の鞘に触れながらうなずく。


「お侍さんたちがかえったあと、番所の人がやってきて、拾ってもってゆきました。もしも忘れものなら・・・」


 急にもじもじといい澱んだ松吉に、やさしい笑みを浮かべてつづきをうながす。


「宝物にするつもりだった・・・。でも、やはり、だめですよね?」


 いや、それほど刀が好きだから、めざとくみつけ、それの行方まで追ってくれていたのだ。


 うれしさと可愛さのあまり、松吉の頭を撫でていた。


「そうだね。そういうときは、拾って正直に母上にいうべきだ。そうすれば、きっといいことがある。きっとね」


 母親に住まいを尋ねてから、礼を述べる。


「わんわん、わんわん」


 幼子は、相棒の頭をぺしぺしと叩いて別れを惜しんでくれた。


 相棒は、さして嫌がることなく、ちいさな掌の洗礼をお座りしてうけていた。

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