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主計がぽちをいじめる理由

「だって、ぽちはいっつもどうでもいいようなことなのに、突拍子もない問いを投げかけてくるんです。ゆえに、思わずきき返してしまうのです。ぽちはおれがなにゆえきき返しているのかわかっているくせに、難癖をつけるんですよ」


 担任の先生に、同級生との喧嘩のいい訳をしているみたいだ。


「ほう……」


 副長は、イケてる相貌かおに半信半疑ってか、ぶっちゃけ疑いまくっている表情を浮かべた。すらりときれいな指先で、ムダに形のいい顎をさすりつつ、俊春へと視線を向ける。


 すると、俊春は気弱そうな、それでいていまにも泣きだしそうな様子でうつむいたではないか。


 な・・・・・・・。


 一方的に主計にいじめられてる感満載の、この無言劇はなんなんだ?


「くーん」


 父親が、そんな息子を心配するのは当然である。相棒は、つやつやとうるおいのある鼻先を俊春のだらりと下げられている左掌に押しつけ、慰めている。


「ストレスってやつか?」


 副長の視線がまた、おれの方へと戻ってきた。


 長州藩の軍服も、ムダにキマッている。


「ストレスって……。おれのヒステリーがですか?ってか、ストレスってよくご存じですね」


 副長に『ストレス』、なんて言葉を教えたのは、いったいだれなのか?


 容疑者は二人である。しかも、その二人ともが、日頃からおれを陥れようと爪牙をみがいている。


「ストレスがたまったら、自身だけでなく周囲にも影響を及ぼすのであろう?ならば、ストレスフリーの環境にすることを、あるいは環境に身をおくことを心がけるべきだな」


 マジな表情かおでいってきた島田の言葉に、ヤバい系の薬でトリップしたみたいにぶっ飛んでしまった。

 もちろん、そんな薬をやったことはない。ゆえに、ただの想像での比喩表現である。


 やはり、おれはいつの間にか現代に戻っているのか?いや、寝落ちしている?これは、夢なのか?

 

 きっとそうだ。目が覚めたら、以前のように古き良き時代の新撰組に戻っているにちがいない。


「ああああ?おかしいじゃねぇか。なにゆえ、主計にストレスがたまるんだ?おれがいいたかったのは、主計がぽちにストレスを与えてるってことだ」

「いや、土方さん。それだったら、ストレスじゃなくってプレッシャーってやつであろう?でもまぁ、主計はいかにもストレスがたまらなさそうってつらだよな」

「なんでですか、永倉先生。おれはこれでもストレスで胃をやられ、血便や血尿に悩まされ、食欲不振になったり逆に過食したり、髪の毛が抜けたり頭痛がしたりと、「ストレス・ザ・マン」と二つ名をつけられるほどストレスを抱えまくっていたんです」


 関西人としては、ここは盛りまくって笑いをとるところである。


「ぽち、気にするな。馬鹿はスルーしておけ。イジメにあうようなら、おれが倍返しどころか、万倍返してやるからよ」


 ちょっ……。


 副長に「倍返し」なんて教えたのも、さっきとおなじ容疑者にきまっている。


 副長に慰められた俊春は、相貌かおを上げてにっこり微笑んだ。そして、さっさとあるきはじめてしまう。もちろん、父親たる相棒を伴って。


 これは夢だ。悪夢だ……。


 とっとと遠ざかってゆく副長たちの背をみながら、おれはがっくりと両肩を落とすのだった。



 成人男性プラス雄の成犬ともあり、旅は思いのほか順調にすすんでいる。

 この日は、江戸を発って越ケ谷宿にいたったところで腰を落ち着けることにした。

 

 本陣や脇本陣は、わざとさけた。そのかわり、いかにも客がすくなくって寂れてる感がぱねぇ旅籠に泊まることにした。


 つまり、世間一般の模範的な旅人が避けるような、そんな宿にしたのである。


 いわゆる飯盛り旅籠である。はやい話が花街である。この越ケ谷宿は、日光街道のなかでも最大の花街を形成しているという。


 こういう花街の旅籠は、流れやヤバイ系が立ち寄りやすい。旅籠の人たちも、それがわかっているのでいらぬ詮索をしないし、口外することはない。

 その代償として、高級旅館以上の宿代をむしりとるのだ。

 いわゆる、口止め料というやつである。


 それは兎も角、これが旅籠だとすれば消防法もびっくりだろうし、セキュリティーはちがう世界のシステムであろう。

 建物は、とりあえずは雨露はしのげる程度のひどい代物である。さらには、従業員の態度がこれまたひどい。

「そんなに仕事がいやならやめちまえ」って叫んでしまいそうになる対応である。


 食事がついているようだが、期待するだけムダであろう。ってか、なにを喰わされるかわかったもんじやない。


 まぁ、ヤル(・・)ための宿ってこともある。ほかのサービスがおざなりになるのもいたし方のないことなのかもしれない。


 よっぽど脛に傷のある輩がおおいのであろう。こんなしけた旅籠でも、どの部屋もうまっているという。厳密には、おれたちでうまってしまうという。


 幸運なのかどうかはわからないが、十五、六畳くらいの部屋だけあいていて、そこにおしこまれることになった。


 もちろん、ここはペット同伴可能なホテルやペンションではない。


 相棒は、宿屋の裏手にある枯れた桜の木の下ですごすことになった。


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