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西郷さんたちとの別れ

 俊春は一昨日につづき、またあらたに料理をつくり置きをしたらしい。

 俊春がそのことを半次郎ちゃんに伝えると、半次郎ちゃんはずいぶんとうれしそうな表情かおになった。


「おそらく、もう会う機会はないでしょうな」


 副長には、西郷や半次郎ちゃんと会う機会はないだろうと伝えている。半次郎ちゃんは会津に向かうが、直接戦闘をくりひろげることはない。すくなくとも、史実ではそのはずである。


「ひきとめてしもて申し訳なか」


 西郷は、門まで送りにでてくれた。そういってから、おおきな頭部をぺこりと下げる。


「やめてくれ、西郷さん。兵士たちがみている」


 副長は、慌ててその西郷の頭を上げさせる。


 人間ひとはたがいに握手し、相棒は撫でられ、別れを惜しんだ。


 野村は、別府とハグをして別れを惜しんでいる。


 ふーん……。


 野村のやつ、まだ薩摩に転職しないんだ。なーんて、意地悪なことを思ってしまう。

 ってか、おれも転職するならいまのうちかもしれない。


 そうかんがえて、自分でも苦笑してしまった。


 名残は惜しいが、警備兵たちのがある。


 おれたちは、蔵屋敷をあとにした。



 まずは、日本橋から日光街道を日光方面へとすすむ。

 たしか、百四十キロメートルくらいだったかと記憶している。


 この時代、平均的な男性の旅人で一日に平均三十三キロメートルくらいあるいたという。単純計算でゆけば、日光までは五日弱である。


 副長と永倉と島田と野村と俊春、それから相棒と、人通りのあまりない街道を進む。

 長州藩の軍服は、江戸を抜ける際に役に立ったのか立たなかったのか、あいにく実感することはできなかった。

 とりあえずはなんのトラブルもなく、無事に江戸を脱することができた。


 もうこれで、江戸にもどることはない。もどるとすれば、終戦後である。


 それは兎も角、街道をゆく一般人のほとんどが、江戸からほかへ逃げてゆく人のようである。その数も、そうおおくはない。

 逃げようと決心したおおくの人々は、とっくの昔に退散しているであろう。


 のんびりあゆむおれたちを、荷車をおしたりひいたりしながら脚ばやに追い抜かしてゆく人々がいる。そういう人々は、江戸から逃げるかそのままとどまるかを迷っていた人々なのかもしれない。


 快晴である。地上で起こっているあらゆる出来事を見透かしたようなスカイブルーが、頭上にまったりとひろがっている。


 先頭をゆくのは副長と永倉と島田で、そのつぎに野村とおれである。最後尾は、俊春と相棒だ。


 相棒は、あいかわらず俊春にべったりである。おれから独り立ちし、生涯の伴侶をみつけたかのようだ。

 いいや、伴侶というよりかは、ながい間かかってやっと養子を迎えることができた養父みたいだ。


 相棒を人間ひとの年齢に例えれば、三十三歳から四十歳くらいまでの間である。ということは、副長より上で島田よりかは下ということになる。

 もちろん、永倉と野村、それから俊春とおれよりかは上であることはいうまでもない。


 相棒が俊春を子ども扱いしているところはウケるが、なにゆえおれのことは子ども扱いしてくれないんだろう?


 ああ、そうか。おれのほうが俊春よりしっかりしているからか。


 ってかんがえた瞬間、おれの膝のうしろになにかがあたった。その不意の接触に、がくっと膝が折れてしまった。


「な、なんですか、ぽち?なにゆえ、膝カックンをやってくるんです?」


 カックンされた膝を立て直しつつ相貌かおだけうしろへ向け、俊春にクレームをつけてしまった。


「おぬし、わたしに喧嘩をうっておるのか?」

「はい?なんておっしゃいました?」

「ぽちは、「ファック・ユー」っていったんだよ」


 かまってくれなくってもいいのに、野村がいらぬことを口ばしってきた。


「ふむ。利三郎、いまのはなかなかグッジョブであったぞ」


 そして俊春は、「ファック・ユー」という教育上よくないスラングを容認どころか称讃する。


「なにいってるんです、ぽち。あなたに喧嘩をうるわけないでしょう?」

「きこえておったのではないか。なにゆえきこえぬふりをし、わたしにわざわざ二度も三度もいわせようとするのだ?」

「あなたの質問は、いつもツッコミどころ満載すぎるんですよ。ってか、想像の斜め上どころか宇宙レベルのたかさをいきまくっているんです。おれの耳が悪いのか理解力がないのか?それとも、その問いはなにかの伏線で、自分でなにかを導きださねばならぬのか?いつも迷ってしまうのです。つまり、意味がわからなさすぎるんです」


 俊春のかっこかわいい相貌かおをしっかりとみすえ、いっきにまくしたてた。


 そのとき、またしても相棒が二人の間にわりこんできて、お座りしてからおれをめっちゃにらんできた。


 その狼面、怖すぎだろう……。


「往来でなにやってんだ。主計のヒステリックな声が、三里四方に響き渡ってるぞ」

「いや、土方さん。いくらなんでも、三里四方ってのは盛りすぎであろう」


 永倉が、副長のいわれなき誹謗中傷をすかさずツッコむ。


 ヒステリック?盛りすぎ?


 新撰組は、どんどん現代チックな職場環境になってきている。


 今日は数か月ぶりの公休日なのに、「すぐに出社しろ」的な鬼LINEがくるようになるのも、そう遠くないことかもしれない。

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