相棒は生きていけるけどおれはやばし
そんなハプニングだらけの呑み会であったが、半次郎ちゃんも別府もげらげら笑って愉しんでいたようである。
割を喰ったのはおれである。
しかし、これも「笑いをとった」、「ウケた」というところでは、関西人のおれとしては上出来であったのではなかろうか。
これ以降、半次郎ちゃんや別府は、相馬主計という男の名を、新撰組の「ギャグメーカー」として心と脳裏に刻んでくれるはずである。
ということは、だれかに語る、あるいは証言することになれば、「ああ、相馬?たいしたことないない。あれは、他人を笑わせたり、他人からいじられたりするだけが取り柄の害のない男だ」と告げるかもしれない。
もちろん、公式には無理である。いまこうしていることじたい、それぞれが墓場までもっていかなければならぬほどのシークレットな出来事なのだから。
ゆえに、おれがこの終戦後に「おねぇ暗殺」の嫌疑をかけられても、おれの人格やおこないを肯定したり証言できないわけである。したがって、嫌疑を晴らすことはできない。
当然、断罪されることになる。
そこは、じつに残念なところではある。
それは兎も角、そんな深夜をすごし、いま、である。
倦怠感に襲われつつも、もそもそと起き上がってから、布団をたたんだ。
周囲のみんなを起こさず、さらには踏みつけないよう注意をしつつ、部屋から縁側にでてみる。
相棒がいない。
ぜったいに、厨にいっているんだ。
最近、おれは相棒のおれ離れにすこしずつ適応してきている気がする。いやちがう。もしかすると、その反対かも。つまり、おれの相棒離れ、かも。
おれになにがあろうとも、相棒には面倒をみたり気にかけてくれる人間がごまんといる。これは、文字どおりの意味である。相棒がただ道をあるいているだけでも、犬好きや狼好き、って、世のなかに狼好きっているのかどうかはしらないが、はやい話が相棒をまったくしらぬ人間でも、喰い物をやったり水をやってくれるだろう。
が、これがおれとなるとそうはいかない。道をあるいていて、いき倒れたとしても、百人中九十九人はスルーするはずだ。残り一人は、いき倒れたおれから身ぐるみはがそうとする悪人か、どんな者にでも善意の手を差し伸べるような神や菩薩レベルの善人のどちらかだ。それも、そういう善人悪人が、ミラクル的に通りかかった場合にかぎる。
つまり、フツーは放置プレーってわけだ。
相棒とおれ、どっちがこの動乱の時期をのりきれるかはいうまでもない。
って、愚痴るのはやめておこう。
縁側から庭にでて井戸まであゆみつつ、ついため息をついてしまった。
朝食は、至極しずかであった。
ってか、つい数時間まえ、あれだけ呑み喰いしたというのに、永倉も島田もすごい勢いで喰っている。いまはもう競争相手がいないので、二人舞台で喰いまくっている。
二人とも、痩せの大喰いってわけではない。かといって、けっして太っているわけでもない。
喰ったものは、いったいどこにいっているのだろうか?
不可思議でならない。
いや。こういうことをかんがえるのはよそう。きっとダダもれしている。野村あたりが「うんこネタ」を振ってこないともかぎらない。いや、きっと振ってくるにちがいない。
「そういえば、「でこぴん野郎」がいっていた「河豚がおどってる」だの「豆腐がどうの」ってのは、どういう意味だったんだろうな」
上座の西郷の右斜めまえで食している副長が、みそ汁の椀から箸で豆腐をつまみあげながらいった。
『ふくがくる。ふくがおどっておる。ふくが教えてくれる。豆腐がふくをみて笑っておる。豆腐は、ふくとはおどりたくないと申しておる』
うろ覚えだが、大村はそのようなことを呪文のごとく唱えていた。
「豆腐は、「でこぴん野郎」の大好物です。河豚は、わかりませんね。たしか、長州藩はほかの藩より「河豚食禁制」がきびしかったかと思います。もしかすると、禁を破ってこっそり喰っているのかもしれないですね。豆腐同様好きなんでしょう。にゃんこに動揺し、思わず口ばしってしまったのかもしれません」
「そういうのを、クレイジーっていうのであろう?だから、「クレイジー河豚アンド豆腐マン」ではないか」
現代っ子バイリンガルの野村は、すでに喰いおわっている。おれがせっかく遠まわしに表現しているのに、身もふたもないことをいってのけてしまった。
「つまり、ぶっとんじまってるってことだな」
そして、その野村の上司は、きれいな指先で頭をコツコツたたきつつ、さらに身もふたもないことをいい、この話をシメてしまった。
大村のあれは、いったいなんの呪文だったんだろう?
真実は、本人にしかわからない。
たとえ大村が河豚も大好きであったとしても、史実どおりにゆけば、かれは河豚食解禁のまえに死んでしまう。
じつに気の毒な話である。
結局、朝食は永倉と島田がここぞとばかりにそれぞれ三人分喰い、比較的迅速かつしずかなときをすごして終了した。
そして、いよいよ別れのときがきた。




